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>保護主義に陥って経済の管理が強まる(個人的には世界はこうは変化しないと
>いますが)のであれば、官僚の権限は大きくなるのですから。
あってると思いますよ。官僚の権限が大きくなる流れがあるけれど、それを黙認する必要はないと思っているということです。
権力は、奥にこもりたがるのが基本で、何も公表せず、何も責任を負わないようにしようとする性質のものです。表に出て、責任の所在を常に問われる政治家という役にある人間が、実際の権力者とイコールに近いという状況を維持しないと、我々には政治に対してできることがない、というだけのことです。
人間、私利私欲はあります。だからこそ、政党ってものは特定支持層の利益を代弁するもので、国民全体の代表などではありません(このへん佐藤氏の影響うけてますね)。多数決ってのは、意見の差異があって始めて成り立つシステムであって、毎回満場一致の決定がなされる多数決があるとすればそれは機能していません。複数の政党がどれも同じ方向を向くとすればそれは政党の意味もないのです。そうなると、党は党自身の利益に向けて進むほかありません。特定の方向がないのですから。
問題は民主と自民の間の思想差が見えないことであり、出そうとしていないことであり、つまりは私利私欲ベースでしか動きようがない構造の問題です。そして、その観点で言えば使用者が誰であれ、使用者の私欲に従って動くべき道具である官僚が、使用者の欲の方向性が明確でないばかりにやはり私利私欲に走る、という状況が問題です。
国民のためという言葉にウソがないという状況は、あらゆる国民に途ってノーリスクな利益が存在する場合のみで、さらに言えば、その利益が公平である場合のみです。国民99%に1円を配る、残り1%に1億を配る、というのは国民のためか、というと、長期的にはちがうでしょう。
わが党に投票すればは3000万の利益があるぞ、という公約が当たり前にでてくる風土を作る必要があると思います。
政党は敵と味方の2分法で構わないし、官僚は可能な限り執行者の名を出す作業機関としての位置づけを強めていいと私は思っています。
>小沢
民主で一番マシなのが小沢という処は私も同意です。非難に耐えて立ち続ける姿勢は評価していますし、いまの、民主内部からの小沢おろしの動きはアホ過ぎて笑えるものだと思っています。
が、マシというだけの話ですし、他がいかんともしがたいくらいダメに見えます。
私の考える政治家の最低要件の一つは、本音と建前を綺麗に使い分ける能力であり、ウソをつける能力です。
話は外れますが、役者や芸能人が政治家になるのは当然かつ自然の流れと思っていますし、推奨すらしたい気持ちを持っています。道具としてのストーリーテラー(脚本家)を使う技能、世論を掴む技能、スキャンダルを避ける技能、全て政治的なものを訓練する場としては問題なく、あとは、品格を保持できている一級品を呼び込みさえすればよいと思ってます。ドロップアウトした芸人は要りません。
小沢が嫌いな点は、まさに品格と顔に尽きるとしかいいようがないですね。あと、最近はどうも正直すぎてうまく建前を通しきれていないところでしょうか。
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