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社会と国家は本来分けて語るべき別物である、との考え方はごく最近の受け売りです。冷戦時代において、政党は社会そのものに対して資本主義、社会主義と方針を異にしていましたが、社会主義の破綻後は、そうした色づけは実質的な意味を失っています。
政党の示すべき大きな白黒として、日本の伝統的な社会活動を保守する立場と、世界経済の一因としての日本としてその時点でのスタンダードであろうという立場、大きくそんな切り分けかと思っています。
終身雇用・年功序列のシステムを基礎として「一億総中流」時代を目指した日本のあり方が、規制撤廃・グローバリズムの掛け声とともに解体され、winner takes allの勝ち組負け組の世になりました。
その前提にはアメリカの経済バブルがあり、それに乗り遅れず稼げという方針だったわけですから、バブルがはじけバブルの理由であったドルの基軸通貨の強みも崩れようとしている今、その方針を引き継ぐことには意味を感じないというか、リスクしかないと思わざるを得ません。
橋本・小渕・小泉・安倍あたりがつないだ新自由主義への「改革」とやらの掛け声はそろそろ弾劾されていいわけで、支持母体たる自民党が叩かれるのもまた当然だと思っています。
自民叩かれるべき⇒政権交代、これが当然の流れと思います。
そうならない理由があるとしたら、それは政権交代に意味がない場合だけです。
民主、この辺をどうするかよく判りません。アメリカ離れを小沢は口にしますので、新たな路線を目指しているように見えなくもないんですが、どうなんですかね。民主もまた新自由主義を引き継いでいくとしたら、交代の意味がないばかりか、問題の本質がどんどん判らなくなるだけだと思うんですよね。
55年体制じゃないですが、自民党と社会党といったイデオロギー的な対立軸が必要なんだけど、現在の日本人にはそうしたイデオロギーなんてないですし、改めて勉強する気概もない。そうした隙間世代に、安易な右傾化が広まってくのもまぁ流れなんだなぁとは思うのですが。
小沢氏が降りました。党首会談における有利な要素がなかったのでしょうか。まぁ、政策的な話すれば後追いの民主にいいところはないし、人品態度の話になると小沢氏の方が不利な現状で、あえて支持率を下げるような選択はなかったのかもしれません。
正直、あれだけ大きく乗り出してさしたる結果にならなかった東京地検の捜査は国策というか小沢に出てきて欲しくない一部官僚あたりの壮絶な嫌がらせではなどというという気もしますが、決定的な部分でが守ったにもかかわらずこの結果だと、いくらなんでも躍らせられすぎだよなぁという気にならざるを得ませんね。
官民ともに脆弱で、愚かしいというしかない昨今。国の力が明らかに落ちているときに、やはり解放の方向はないように思います。弱っているときは逃げて守って、回復の手段を尽くすべきだと思います。
教育の強化が全てで、それは若年層だけでなく、中高年に対しても、意欲向上を図る方策への復帰を謀るべきだろうなと思っています。そしてそれはたぶん、自由競争なんて形で実現されることはないだろうと思います。
年功序列と終身雇用の制度が見直され、再び誰かが『所得倍増計画』を唱え出す日も遠くないんじゃないかと思って見たりします。
…うむ、散文ってまさにこういうのを言うんだろうね。
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