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さてこれで都合2度、日本はバブルの痛手を蒙ったことになるわけですが、今後はさらに、実体の伴わない金融派生商品の類は敬遠されることになるでしょう。”楽しておいしい話”への信用がなくなり、主犯であるアメリカがドルの信頼失墜から深刻なダメージを受けていくのはこれからの話だと思われます。
FTAはむしろ、グローバルという言葉の後退を示しているように見えるのは気のせいでしょうか。市場に物を出せば売れる、取引は自動的に発生する、などというのはやはり幻想で、需要と供給に根ざさない経済活動が今後はモラルの観点から批評の目に晒されるようになるなかで、たしかな取引相手を作り、基盤とするという『地道な』動きに立ち返ったように思えます。
これまでの状況が異常だったのであって、正常な方向へ戻ってゆくことにたいして閉鎖という言葉は、少々強すぎるかなと感じています。
何事も相手を見ないで遣り取りはなくて、読み手を意識した文章があるように、消費者を意識した生産があるべきだ、と頭の古い私は思います。
以前仰っていたように、日本の今後の展望は明るくはありません。生産も消費も担い手が減り、落ち込まざるを得ない状況がやってきます。「経済成長率」という言葉は、成長しないとダメみたいな言葉ですが、その必要がなくなれば成長は止まるべきもので、老人国日本としては成長よりも次世代への委譲と劣化した組織の再生に勤めるいい機会なのかもしれません。
…このあたりイメージの話で、具体的なことを問われると困ってしまうのですがw
中で作って外に向けて売る、外で作って外(だけ)に売る、というコンセプトはあまり支持しません。内で作って内に売る、をやって初めて日本の強みが出るからです。
国土の狭さから競争で磨かれる、というプロセスを経ず楽に外に出すようになれば日本ブランドはあっというまに下落するでしょう。既に兆候は出ています。
日本内向けの製品を、外から請われて出す、でなければならないと思っています。そのためには、外向けの展開ありきではなく、内需に向けた製品作りという原点に立ち返るべきと考えます。そう言う意味で、外にばかり眼を向けても悪循環だと私は思います。
まずは日本人を欲しがらせること、そして欲しいものに応えること。
そのために、所得倍増計画といったテーマが再び脚光を浴びるのでは、と思った次第です。
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