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遅れました。
>(1)国内での競争を経ずに製品を輸出した結果、日本ブランドが下落する兆候があるとAHHさんは仰いますが、その具体的な事例は(これ、本当に具体的な事例が思いつかないのです)?
>>国土の狭さから競争で磨かれる、というプロセスを経ず楽に外に出すようになれば日本ブランドはあっというまに下落するでしょう。既に兆候は出ています。
このあたりの発言でしょうか。明確にこれ、と言う話ではないとおもわれるかもしれませんけど、私の考えのプロセスとしてはこうです。
2008年は「偽」の年と言われました。耐震偽装、食品の産地偽装、賞味期限偽装、あれこれと商品の品質に対する偽装が目立ったためです。主に国内の話ですね。
これらの事件の背景が、「消費者を意識しない」仕事の増加にあるのだと私は思います。とにかく作れ、品質は2の次、儲けのために走れ。
その結果が信用の破壊に繋がりました。既に起きたことです。
・それは国内の話で、海外向けの商品はむしろ消費者を意識している、大丈夫だ。
・肝心の国内がこのザマでは、「国内の競争で磨く」なんて始めから意味がない。
このあたりの考えもあるでしょうね。
>(2)そうした兆候を防ぐために、なぜ内需拡大が必要なのですか?
拡大、というより、内需が停滞している原因を取り除くべき、と言っています。
先に述べた様々な信用の下落。
不換紙幣を用いているからには、経済活動の根本は信用です。貨幣の信用、商品の信用、それぞれが揃って初めて取引があるのに、どちらもままならないときては話にならない。
せめてまずは商品の信用を取り戻す必要があります。
そしてそれには、労働力商品の信用も含みます。労働力の再生と再使用を可能とする最小対価、その設定値を考え直す必要があると考えます。
・そこで海外の労働力を
時差利用で、安い労働力を入れるのはよいとしても、時差はいずれ埋ります。再度時差のある労働力を導入しても、その時差が埋るのは前よりも早まります。
対処療法の限界は素早く訪れるでしょうから、それまでに根本的原因をどうにかしなければなりません。
>(3)内需を重視するとして、その結果、G8中でも所得が最も大きい(2006年頃)日本において、更に所得倍増計画を打ち出す必然性はどこにありますか?
所得倍増という掛け声には、「低所得階級の」という小さな声が前につきます。当然高度成長期と同じことができるわけもないですが、この掛け声の意図はつまるところ格差社会の脱却、新自由主義への決別と社会民主主義への回帰です。
>(4)それらの政策の結果、これまで外需で得ていた膨大な利益の代わりに何が得られるのですか?
体感できる生活じゃないですかね。
外需の利益を体感できる部分は、店頭に並ぶ商品が煌びやかになるってことですが、国内事情が今のように買わない買えないの時代だと、実際に煌びやかになった商品が並ぶのは海外の店頭です。
そうなると日本国民には「外需利益」はたいして関係ない話になるわけです。
トヨタの労働者が、国内と海外では海外のほうが待遇がいい、などという話があります。国内は奴隷労働者の飼育場所で、商品の売り場は海外。
まぁ国内の労働者として、嬉しい状況とは言いにくいんですね。
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