|
|
議論の重要度を考え、(4)から逆に答えていきます。
(4)
外需依存体質からの脱却を図る必要はなく、これからはもっと外需依存体質を強めるべきだ、と私は考えています。多分AHHさんは反対の考えの持ち主で、ここを論点として想定していました。
内需+外需の合計が最大になるよう努力することは当然ですが、別の考え方として、外需の比率が高くなるとリスクが高くなるからそれは避けるべきだ、という見方もあり、これも至極もっともです。
それで、AHHさんは後者を重視しているように見えたのですね。ですから、私は内需の伸び代は小さく外需に伸び代が大きいこと、外需をアメリカ・工業製品のみにたよらず多数の国・多種の製品に分散することでリスクを抑えられること、外需がどれだけのメリットを日本にもたらしているかを説明し、前者の重要性を示したつもりでした。
AHHさんに内需をバッサリ捨てろと言ってるように聞こえたのは、おそらく、私が内需の伸び代の小ささを説明する過程で「もう今後内需は減るしかない」と主張したからだと思います。
世界同時不況・中産階級の減少で傷ついた内需を回復することは大切です。しかしその回復が、「BRICsなどのグローバル経済参入による長期的デフレ」「日本を含む先進国における、設備投資を必要としない産業への転換」「消費者の飽食感・将来への不安感」「単純に人口減や労働者の収入減などによる国力の低下」といった原因での内需低下の速度を上回ることはあり得ません(もちろん、100円の缶ジュースが130円になるといった意味でのインフレにより見かけの数字は増えるかもしれませんが)。
手当てをすべきではないと言っているのではなくて、手当てをしても内需の壊死は止められない(速度を遅らせることはできるかもしれないが)、だから今後はどうしても外需依存体質を強めるを得ないと主張しています。
(2)(3)
わたしは別に「労働者は奴隷になれ」と言っているのではなくて、「このままだと奴隷になるしかないという現実を直視せよ」と言っています。ここで言う奴隷とは、AHHさんも主張されているように「身分」を意味するのではなく、例えば技能(教養を含む)、労働、給与の水準をそれぞれ1〜10のレベルで表した場合、レベル1とか2の労働とレベル1とか2の給与に一生甘んじるような状態を指します。
例えば、高度経済成長期は金の卵が技能、労働、給与いずれも低いレベルから初めて、最終的にはどれも世界的に見て結構高いレベルに到達しましたが、もうこんなことは(少なくとも日本中で当然のようには)起こりえません。現在の日本のシステムのままだと、労働レベル3の職業に就いたら死ぬまで労働レベルも給与レベルも3〜4である場合が殆どだと思います。そして日本は技能レベルが4〜8くらいの人間がやたら多く、仕事が足りない状態です。反面、社会にどうしても必要な労働レベル1〜3をやりたがる者がいない、9〜10のようなハイレベルの職務を担える人間も足りない、と言えましょう。
後者の問題に対する対策として、日本の教育水準を上げていくこと、ここはAHHさんも異論がないと思います。前者の問題の対策として、1〜3の水準の外国人を雇うこと、これも現実に日本はそうなっており、異論はないでしょう。ただ、4とか5くらいの外国人も同じ技能レベルの日本人と比較して安く雇えるという現実があり、私はそれを雇うことまでも肯定します。日本の企業から見て割安でも海外の給与水準から見れば好待遇であるという内外格差があるのなら、経営者から見てこれを利用しない手はありません(そしてそれは植民地時代の奴隷貿易とは全く異なります)。技能レベル4〜5の日本人労働者にとっては不利になりますが、彼らは勉強して技能レベルを上げれば良いというスタンスです。また、AHHさんが仰る期間工のような奴隷的な労働が現実に存在するのなら(多分期間工はかなりマシな方です)、海外の目を国内に取り入れることで改善も図れましょう。バターン死の行進のようなことがあれば世界中から非難を浴びますから。もちろん、海外の労働者を研修生と銘打って奴隷的労働に従事させるようなことは肯定しません。
それから、雇用市場を海外並に発展させるべきだと考えています。ワークライフバランスなどという言葉が叫ばれて久しい昨今ですが、その方向性に向かうのであれば、労働者が企業への依存を強める現体制が望ましいとはどうしても思えません。
この考え方は、日本のピラミット型の硬直した産業形態ないしそれに対応した雇用体系に真っ向から対立します。労働力の流動化を促し、これまでの日本型雇用が持っていたメリットである緊密な人間関係や会社への帰属意識を失わせるものだからです。しかし、
AHHさんが「日本的な共産主義」を肯定するのであれば、その核心の一つである従来の日本型の雇用制度も肯定せざるを得ないはずです。私はそこを「開放」せよと主張しているのですね。
ただ、予め断っておきたいのですが、例えば自動車の設計など従来の日本型の雇用制度が強みになる産業は確かにあります(こうした産業はすり合わせ技術が肝要となりますが、そうしたすり合わせは緊密な人間関係の下でより上手く機能するようです)こうした産業は従来型の日本の雇用制度のままで構わないと思っているのですが、その成功モデルをバカの一つ覚えのように全産業に適用するのはやめましょうと言うことですね。
(1)
携帯電話が国内市場で迷走したと仰いますが、そんな事実はありません。例えば通話・メール・iモードなどに機能を限定した韓国の携帯が日本の携帯の約半額で売っていますが、シェアを全然伸ばせていません(AHHさんの主張が正しいのなら一定のシェアを得たはずです)。100歩譲ってそんな事実があったとしても、「日本のブランドが下落している」と結論付けられるほど強力な論拠とは言えないと思います。
もちろん私は「日本のブランドが上がっている」とは主張していませんし、そう思ってもいません。内需に目を向けるべき理由として、ブランドの低下を防げるからだという主張はできないだろう、という考えで反論しました。
しかし、元々の議論の本筋ではないし、水掛け論になりそうですので、こちらから質問しておいてなんですが、この点については以降触れないということで良いでしょうか?
いやお前が吹っかけてきたんだろ続けろということでしたらなんぼでも反論を書かせていただきますがw
>理念の下に集まった集団でないことが明白、意思決定のための基礎がないから、まず私利私欲にしか走れない
その結果2年間国政を停滞させたのが自民党ですね。
自分の意思を国政に反映できないと判断したら辞任するか解散するかするのが筋で、「解散は責任ある政策形成が出来ない時に」というのは高校の政治経済でさえ習った覚えがあります。
安倍が参院選で負けた時に解散or辞任しなかったのは彼の政治家としての良心を疑うものでした。
福田は連立構想が崩れた時に解散or辞任すべきでしたし(あの時小沢は一旦は民主党党首を辞任している)、麻生は冒頭解散すべきでした。
レームダックをここまで長期間にわたって許してしまったのは自民党の致命的な汚点で、その理由はAHHさんも指摘している通り、派閥政治がなくなって、なんとなく総理に居座れちゃうようなぬるま湯になっちゃったからでしょうね。
そこで派閥に代わる二大政党制を……と言いたいところですが、多分民主党に政権取らせたら自民党は吹き飛びますね(苦笑)。理念じゃなくて利益で結びついている党なので、それを熟知する森が仇敵社会党と結託してまで政権を維持したのは個人的には許せないんですが、仕方のないことだったと思います。
公明党と組んでやっと政党として一人前(自民党単独ではもはや党機能をまかないきれない)というのも困りものです。
絶望するしかない状況ですが、ここで自民党に踏ん張って欲しいところです。
次回選挙で自民党は致命傷を負うでしょうが、なんとか清和会を中心に(旧宏池会は幹部が無能なので無理)明確なタカ派の政党として生まれ変わって欲しいものです。民主党が政権を取るにしても、経験豊かで手強い批判者としてのタカ派政党がいてくれるのといてくれないのとでは国政に雲泥の差がでます。自民党がこれまでのような玉虫色ではなくタカ派色を強めれば一定の支持は得られるでしょう。
鳩山兄はあまり評価していなかったんですが、これまでのところ結構健闘しているので、政権を取っても政策実行力はある程度維持するでしょう(対立した岡田派を取り入れて民主党を一丸にしたのは彼の政治手腕が並でないことを示しています)。
実行する民主党、それを批判する新生自民党、という構図になってくれるなら、国政の今後も少しは光明が見えてきそうです。
|
|