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うーん

 投稿者:春日 姫宮  投稿日:2009年 5月17日(日)23時09分9秒
編集済
  AHHさんの文章を何度か読んでみましたが、やはり閉鎖に向かうという根拠がよくわかりません。

>「経済」という価値観が後退すると、日本は後ろ盾の全てを失ってゆきます。
と仰っていますので、おそらくAHHさんの仰る「閉鎖」とはブロック経済的なものを観念しているのだと思いますが(単に金融取引の縮小であるならば、『経済』という価値観は縮小しないし、日本は産業国なので大きな痛手は受けない)、そのプロセスは如何なる形になると考えておられるのでしょうか?

新自由主義は修正を余儀なくされましたが、新自由主義は小さな政府、規制緩和、市場の開放などいくつかの方針に細分されます。確かに日米共にセーフティネットが破綻し、格差が拡大したのでセーフティネットを強化する必要があります。そのために公共部門は拡大し、規制緩和のうち少なくとも金融・労働者の部分は見直しが進むでしょう。しかし、全体として見たときに規制を強化し、市場を閉鎖するという流れが世界的に起こっているとは思えません。

世界の経済が閉鎖に向かっているのであれば、なぜ韓米のFTA締結が今これほど話題になるのでしょうか? ごく最近の動きを見るだけでも、ペルーと中国がFTAを締結し、EUがカナダとFTAを締結する動きを見せ始めています。

市場が閉鎖に向かえば、ブリックスや日本、韓国、台湾などは大きく経済を傷つけられます。アメリカもこれらの国に依存している部分が大きく、現にオバマは「レーガン以前に戻すわけではない」と明言しており、税率引上げもクリントン政権時を目標としています(クリントン政権時アメリカは大きな政府だったとは思えません)。

日本が閉鎖することで回復の手段を尽くすというのは如何なる意味でしょうか? 外国の工場をこれ以上閉鎖しても他国の怒りを買うだけですし(輸出減に繋がる)、国内工場を閉鎖して更に失業者を増やすことが回復の手段になるとは思えません。
それよりは、他国の市場に切り込み、あるいは現在成長している国の市場を開拓する方が国力の回復に寄与すると思います。現にバブル以降の日本の大企業はそのように動いてきましたし、現在も野村HDが大規模な海外企業M&Aに動くなどそのように動いているように見えます。そうした流れを否定する根拠がわかりませんし、そもそも他国と経済的に切り離された上で回復・繁栄する日本という姿が思い浮かびません。

※小沢降板は、前原や仙谷が急に小沢批判を繰り返したり、会合を予定したりなど明らかに離党する動きを見せていたので、彼らに離党の理由を失わせるものだったのでしょうね。会見時に「民主党の団結」を繰り返していたので前原派に対する怒りは相当なものだと思います。総選挙で民主党が負けなかった場合、かつて小泉がそうしたように、前原派を干すことで民主党の団結を図るだろうと思います。
 

(無題)

 投稿者:AHH  投稿日:2009年 5月11日(月)22時23分28秒
編集済
  社会と国家は本来分けて語るべき別物である、との考え方はごく最近の受け売りです。冷戦時代において、政党は社会そのものに対して資本主義、社会主義と方針を異にしていましたが、社会主義の破綻後は、そうした色づけは実質的な意味を失っています。
政党の示すべき大きな白黒として、日本の伝統的な社会活動を保守する立場と、世界経済の一因としての日本としてその時点でのスタンダードであろうという立場、大きくそんな切り分けかと思っています。

終身雇用・年功序列のシステムを基礎として「一億総中流」時代を目指した日本のあり方が、規制撤廃・グローバリズムの掛け声とともに解体され、winner takes allの勝ち組負け組の世になりました。

その前提にはアメリカの経済バブルがあり、それに乗り遅れず稼げという方針だったわけですから、バブルがはじけバブルの理由であったドルの基軸通貨の強みも崩れようとしている今、その方針を引き継ぐことには意味を感じないというか、リスクしかないと思わざるを得ません。
橋本・小渕・小泉・安倍あたりがつないだ新自由主義への「改革」とやらの掛け声はそろそろ弾劾されていいわけで、支持母体たる自民党が叩かれるのもまた当然だと思っています。

自民叩かれるべき⇒政権交代、これが当然の流れと思います。

そうならない理由があるとしたら、それは政権交代に意味がない場合だけです。

民主、この辺をどうするかよく判りません。アメリカ離れを小沢は口にしますので、新たな路線を目指しているように見えなくもないんですが、どうなんですかね。民主もまた新自由主義を引き継いでいくとしたら、交代の意味がないばかりか、問題の本質がどんどん判らなくなるだけだと思うんですよね。

55年体制じゃないですが、自民党と社会党といったイデオロギー的な対立軸が必要なんだけど、現在の日本人にはそうしたイデオロギーなんてないですし、改めて勉強する気概もない。そうした隙間世代に、安易な右傾化が広まってくのもまぁ流れなんだなぁとは思うのですが。


小沢氏が降りました。党首会談における有利な要素がなかったのでしょうか。まぁ、政策的な話すれば後追いの民主にいいところはないし、人品態度の話になると小沢氏の方が不利な現状で、あえて支持率を下げるような選択はなかったのかもしれません。

正直、あれだけ大きく乗り出してさしたる結果にならなかった東京地検の捜査は国策というか小沢に出てきて欲しくない一部官僚あたりの壮絶な嫌がらせではなどというという気もしますが、決定的な部分でが守ったにもかかわらずこの結果だと、いくらなんでも躍らせられすぎだよなぁという気にならざるを得ませんね。

官民ともに脆弱で、愚かしいというしかない昨今。国の力が明らかに落ちているときに、やはり解放の方向はないように思います。弱っているときは逃げて守って、回復の手段を尽くすべきだと思います。
教育の強化が全てで、それは若年層だけでなく、中高年に対しても、意欲向上を図る方策への復帰を謀るべきだろうなと思っています。そしてそれはたぶん、自由競争なんて形で実現されることはないだろうと思います。

年功序列と終身雇用の制度が見直され、再び誰かが『所得倍増計画』を唱え出す日も遠くないんじゃないかと思って見たりします。


…うむ、散文ってまさにこういうのを言うんだろうね。
 

反応しやすいところだけ

 投稿者:AHH  投稿日:2009年 5月 2日(土)21時22分38秒
編集済
  >保護主義に陥って経済の管理が強まる(個人的には世界はこうは変化しないと
>いますが)のであれば、官僚の権限は大きくなるのですから。

あってると思いますよ。官僚の権限が大きくなる流れがあるけれど、それを黙認する必要はないと思っているということです。
権力は、奥にこもりたがるのが基本で、何も公表せず、何も責任を負わないようにしようとする性質のものです。表に出て、責任の所在を常に問われる政治家という役にある人間が、実際の権力者とイコールに近いという状況を維持しないと、我々には政治に対してできることがない、というだけのことです。

人間、私利私欲はあります。だからこそ、政党ってものは特定支持層の利益を代弁するもので、国民全体の代表などではありません(このへん佐藤氏の影響うけてますね)。多数決ってのは、意見の差異があって始めて成り立つシステムであって、毎回満場一致の決定がなされる多数決があるとすればそれは機能していません。複数の政党がどれも同じ方向を向くとすればそれは政党の意味もないのです。そうなると、党は党自身の利益に向けて進むほかありません。特定の方向がないのですから。

問題は民主と自民の間の思想差が見えないことであり、出そうとしていないことであり、つまりは私利私欲ベースでしか動きようがない構造の問題です。そして、その観点で言えば使用者が誰であれ、使用者の私欲に従って動くべき道具である官僚が、使用者の欲の方向性が明確でないばかりにやはり私利私欲に走る、という状況が問題です。

国民のためという言葉にウソがないという状況は、あらゆる国民に途ってノーリスクな利益が存在する場合のみで、さらに言えば、その利益が公平である場合のみです。国民99%に1円を配る、残り1%に1億を配る、というのは国民のためか、というと、長期的にはちがうでしょう。

わが党に投票すればは3000万の利益があるぞ、という公約が当たり前にでてくる風土を作る必要があると思います。

政党は敵と味方の2分法で構わないし、官僚は可能な限り執行者の名を出す作業機関としての位置づけを強めていいと私は思っています。

>小沢
民主で一番マシなのが小沢という処は私も同意です。非難に耐えて立ち続ける姿勢は評価していますし、いまの、民主内部からの小沢おろしの動きはアホ過ぎて笑えるものだと思っています。
が、マシというだけの話ですし、他がいかんともしがたいくらいダメに見えます。
私の考える政治家の最低要件の一つは、本音と建前を綺麗に使い分ける能力であり、ウソをつける能力です。
話は外れますが、役者や芸能人が政治家になるのは当然かつ自然の流れと思っていますし、推奨すらしたい気持ちを持っています。道具としてのストーリーテラー(脚本家)を使う技能、世論を掴む技能、スキャンダルを避ける技能、全て政治的なものを訓練する場としては問題なく、あとは、品格を保持できている一級品を呼び込みさえすればよいと思ってます。ドロップアウトした芸人は要りません。

小沢が嫌いな点は、まさに品格と顔に尽きるとしかいいようがないですね。あと、最近はどうも正直すぎてうまく建前を通しきれていないところでしょうか。
 

ではお言葉に甘えまして横槍

 投稿者:春日 姫宮  投稿日:2009年 5月 1日(金)07時30分56秒
編集済
  うーん? AHHさんの意見は端的な矛盾をいくつか孕んでいるような。

>より官僚を増長させるような選択肢を与えない
と主張しつつ
>各国は内政重視、外に向けては思想とイメージと外交力で勝負
というのは一般的には対立する概念を同時に主張しています。
保護主義に陥って経済の管理が強まる(個人的には世界はこうは変化しないと思いますが)のであれば、官僚の権限は大きくなるのですから。
私の読み違いでしょうか?

また、官僚の増長が許せないと主張しながら小沢さんを嫌うというのも、気持ちは分からないでもないですが、矛盾した話でしょう。
民主党で彼以上に官僚機能を押さえ込む意志と能力を持った存在はいません。だから官僚には嫌われているのでしょうけどね。
翻って、自民党で官僚を押さえ込む意志があると思われるのは、安倍さんや小池さんといった層でしょうね(安倍さんは予想された大敗で呆然とするなど能力には欠けたかもしれませんが)。麻生さんなんかは、むしろ官僚を増長させ続けている最悪の人間という評価になってしまう……官僚抑制を掲げるならばこう考えざるを得ないと思います。

これまでのAHHさんの言から、てっきり「不安だけれど官僚を信じてもっと彼らに権力を与えざるを得ない」という考えだと思っていました。
 

はい

 投稿者:AHH  投稿日:2009年 4月30日(木)01時19分44秒
  毎度すみませんねぇ。また例によって直接の返しはあまり出来ないと思います。
また、明らかに最近の読書の影響が出ると思われますが、そのあたりご容赦ください。


実体と関連する概念を、ただ概念だけ切り離して取り扱うと必ずインフレして、すぐに制御不能になります。
商うべき「モノ」がないのにお金だけ右に左に動かして今回の金融バブルが生まれたように、議論ってものも対象となる実体を意識しないと、まさに『具体性のない』ものへとどんどんずれてゆきます。


現状、日本の国家の実体は、いまだ官僚の手に握られているというのがおおかたの観方のようです。日本において、政党は、その官僚を使うという位置づけにあります。
この関係を馬と騎手に例えると、作戦(政策)で騎手(政党)を選ぶことがどれほど意味があるのか、と考えたくなります。
そもそも、この馬には勝つだけの力があるのか?

馬を鍛え、気性を矯めて馴致させる話よりも、ジョッキーの乗せ換えが話題の中心なのは、どうなんだろう、と。
百歩譲って。馬の能力が十分、作戦とやらも良いものだとして、そのジョッキーはちゃんと馬を乗りこなせるんだろうね、と。
ガセメール掴まされていいように遊ばれていた某代表だとか、国民に土下座して官僚への叱責を逸らした某代表だとか、予想された大敗で国民に茫然自失の体を晒す代表とか、すでに疑わしい気がします…。

>この国をどうしたいかを決めるプロセスをどうしたいか

より官僚を増徴させるような選択肢を与えないために、弱い政党はいやですねぇ。




「新自由主義」の旗印のもとカッ飛ばしていたアメリカと、それに釣られてペースをあげた各馬は軒並み失速しました。
今後、経済活動は自重を求められ、担保に現実性のない信用取引は減ってゆくと思います。資源、労働力といった担保条件が重みを増し、グローバルという言葉の魔法は以前ほどの効力を持たなくなるのでは、と考えてます。
「世界経済」なる言葉で正当化されてきたことが見直されはじめ、各国は内政重視、外に向けては思想とイメージと外交力で勝負、という流れを予想しています。

「経済」という価値観が後退すると、日本は後ろ盾の全てを失ってゆきます。「日本は金持ってるからねぇ」が「日本は金を持ってる、それで?」になる時がこないでしょうか。
経済社会が無くなるとは私も言いませんし考えませんが、経済が後退すれば国家が前面に出ます。国際経済発展(による利益)に遠慮を強いられていた国家が、「国益追求」の本性に立ち返るからです。


今後、外交の援助なくしての経済活動は困難になるかもしれません。中国のソースコード公開要求などは、国家が露骨な意図でもって経済活動に手を突っ込んでいます。対して中国製品品質バッシングなども、そこまで露骨ではないけれど、国家の意図が感じられます。
新自由主義経済が破綻したからには、また以前のような国益の範囲内においての経済活動が基礎となる時代になる、と考えています。

したがって、国益とは何ぞや? と考えられる能力を、私は政治家に求めています。


…一応続く予定。

が別に割り込んでも構いませんよ。
 

(無題)

 投稿者:春日 姫宮  投稿日:2009年 4月25日(土)17時27分33秒
編集済
  そうですね。結局「この国をどうしたいか」というところに行き着くと思います。
ただ、AHHさんも仰っていますが、囲いの内側でぬくぬくと暮らしている私たちが、囲いの外側で行われている熾烈な生存競争に口を挟む権利があるのか、という点は確かに難しいところですね。

自民党と民主党との争いは、この「囲いの外側で行われている熾烈な生存競争にぬくぬくと暮らしている我々が口を挟む権利があるのか」という点にも求められましょう。
自民党は官僚と協力してそうした原始的な生存競争に参加し続けた経験があるし、その責任を負っている。
対して民主党はそうした経験に欠けるが、自民党と官僚のそうした体制に覆い隠されたプロパガンダや情報秘匿といった負の側面を削減し、これまで管理者に独占されてきた情報と責任の一部を国民にも負わせようとしている。
……という風に見ることはできると思います。

言い換えると、私たちは選挙で「この国をどうしたいか」について投票することはできませんが「この国をどうしたいかを決めるプロセスをどうしたいか」について投票することはできる、ということですね。現在、自民党に投票することは、すなわち政治が専門家による閉鎖的な方向に向かうことを望むということであり、民主党に投票することは、すなわち政治が素人による開放的な方向に向かうことを望むということになりましょう。

まあ、もちろんマスコミが時々言うように全て「開放」して素人に任せるのはありえない話ですし、逆に日本ほどの大国が究極の閉鎖政治=独裁を行うこともあり得ない話ですので、あくまで度合い問題になるわけですが。

両者のメリットデメリットについては、言い尽くされていることですが一応書くと。
「開放」に進むことで国民が抱いている政治に対する無力感は緩和され、我が国における「責任の不在」の問題は多少はマシになるでしょう。しかし、日本の国民にその責任を引き受けられる知恵と覚悟があるかについては疑問が残ります。
「閉鎖」に進むことで、国民への説得というプロセスを省略し我が国が抱える問題への対処はスピードアップします(日本人の多くは消費税の増税や公安・諜報の職員の増加を望まないでしょうが、残念ながら必要です)。しかし、これまでに明らかになっている日本の統治体制の無数の問題(例えば上記した『責任の不在』)が解決されることはないでしょう。

……と、一つの対立軸をぶちあげておきながらなんですが、「閉鎖」と「開放」をどう評価しているかについては今回は書かないことにします。意見はあるんですがまとめきれませんでした。

対外政策については、個人的には危機感を抱いておりません。

まず、中国が現在のアメリカのような台頭の仕方をすることはない、とこれは断言してしまいましょう。
中華思想に代表されるように、中国の本土に住む人は家族主義が強く、歴史的に極めて閉鎖的で、現に中国は未だにひとつのグローバル企業も生んでいません。そうした文化的要素のみならず、政策的な要素としても、中国は日本を手本として外貨の獲得による国際的影響力の増大を目指していますので、これを180度転換してアメリカ的な消費国家になるというのは、日本がそうなるというのと同じくらい、困難を伴うでしょう。
100年前に世界が中国の領土をフロンティアだと勘違いして酷い目を見たように、今回も中国の市場をフロンティアだと見る動きは幻想に終わると予想します。

それでも中国は大国として存在感を増すとは思います。しかしそれは日本にとってのアメリカが二つになることを意味せず、例えばG8に中国が加わって世界の経済システムにアジアの意見がより大きく反映されたり、EUに対抗するアジアの経済圏が生まれる(中国は極とはならず、あくまで対等な多国間の経済圏として)という、日本にとって望ましい結果をもたらすだろうと予想します。
他のBRICsについても、ブラジルやインドは英米に好き勝手された経緯から、彼らの横暴に対し冷静であるという点、また日本との関係も非常に良好な点で「英米にナメられんのは嫌だね」という視点から見て彼らの台頭は有益でしょう。ロシアは資源(特にウラン)を握っているという点で脅威ですが、逆に資源を加工・利用する技術(特に原子力発電)は日本が世界トップですので、協力の余地はあるはずです。
経済的に見れば、世界の経済的な地勢はより日本にとって望ましい方向に変化しており、危惧すべきは日本自身の地盤低下以外にないように思われます。

軍事的にも、中国は油断すべき対象でありませんが、通常戦力については台湾の防衛を突破できるかも怪しい程度であり、台湾を上回る韓国や更にその上を行く日本の三国がいずれも親米・民主国家であることを考えればそう怖れる程ではありません。
ロシアはそもそも、軍事的な関心の中心がこちらを向いていません。隙を見せないことが肝要ですが、隙を見せないうちに日本を攻めてくることはあり得ません。
北朝鮮は単に日本に軍事的な脅威を与えられるだけの国力がありません。国内のヤクザとのつながりやゲリコマの破壊活動は確かに懸念されますが、それらへの対処はもはや「軍事」とは呼べないレベルのお話でしょう。

こうした点を考えると、対外的にはとうぶん日本は今のままで許容されるだろうと思います。最近新たに各国が軍事協力する潮流(アフガニスタンやソマリア派遣)が生まれていますが、日本はそれにも既に参加していますから、それは対外問題というよりも国内の法整備の問題になりました。

日本はG8にも参加していますし、アメリカという消費の極を例外とすれば世界経済におけるルーラーの立場にある。軍事的には確かに世界からの疎外感がありますが、イラク戦争においてはクリーンハンズの立場を利用して現地の武装集団の調停が行える(他の国の場合、武装集団が武器輸出のお得意様だと公平な態度を取れない)唯一の大国としての立場を見いだしており、それほど懸念する必要があるとは思えない。

よーするに国を揺るがすほど大きな対外「問題」というのは殆ど存在せず、あってくれると都合がいい集団がでっち上げた幻想だと思っています。
 

んんんー

 投稿者:AHH  投稿日:2009年 4月18日(土)00時54分21秒
  真っ先に逃げ打ちます。飲んでます、酔ってます。赦し給え。

すみません、忙しかったです。あと、割とまじめに考えたかったです。
いろいろ縁があった佐藤優氏の本なんかを読みました。むしろどんどんわからなくなりました。判断に足る知識量の1/10にも満たないのがわかるだけで。

中途半端な知識で何も言うな、ってのは正しくもあるし、そんなこといったら何も出来ないってことでもありますよね。完全な知識ってものがほぼない以上、その場でもっとも妥当な意見を求める為には半端なりに発言する必要があるわけで。

…と思ってもなお発言を控えたい気持ちになっているのはたしかです。世界には複数の正義があって、同時に複数の力関係があって、それらにより引き起こされる結果も短期的なものと長期的なものがあります。長期的視野に基づく判断がいつでも正しいわけではない、というのもまた困りどころです。

要すれば、全方位的な正解ってやつはなくて、誰かの個人的かつ限定的な観点においてのみ正しい、間違い、という判定が下せるわけで、「判断を下す意思」も「必要」ももたない人間には決して正解は見出せないということでもありますね。
そして、今の私には短期的にも長期的にも、そして個人の利害にも公共の福祉に照らしても、判断する基準を持たないのだな、ということにたどりついて困るだけなんですね。

「何となく総合的にいい方向へ」という考えでは恐らく右にも左にも動けないので、ここは「重視する何かの観点に対して向上と思える方向」を考えるほかはないのでしょう。
そしてそれは私の中では、「ナメられんのは嫌だね」という、原始的で短絡的な思想がどうも一番優先のようです。で、誰に一番なめられたくないか?と考えたときに、実のところ、アジアより英米でした。

眼中にないけどそれなりになだめすかして使え、という態度の英米のほうが、いちいちウザイがすくなくとも敵として認識してくる特定アジアよりも許しがたい、というのがどうも結論のようです。
何だかんだいって、思想と文化の全くちがうアングロサクソンよりも同族嫌悪が出来ている分だけアジアのほうがマシ、という発想で落ち着いているようなのです。


正直、今の民主は嫌いです。
かといって自民がすきかというと、こちらの保守的な自意識に迎合してくれるところだけが好きなんですね。よろしくないのは判ってるんですが。

ただ、民主があまりにも頭が悪く、また若く、激しく経験に欠くのも嫌です。流石に政権党にあっただけ自民の経験値は高いのですが、同時にいやらしい。
要するにどっちも嫌です。

アメリカとはどっかでうまく距離を置かねばなりません。中国とは、どっかでうまくつかず微妙な友愛を築かねばなりません。ブリクスとも、絶対にうまくやらねばなりません。北朝鮮とは、核を巡ってうまく相互に利用しあわねばなりません。ロシアとは、どうあっても敵対してはなりません。
ユーラシア大陸との関係は、とにかく重視してゆくべきです。そこに付随する、アフリカ、そしてオセアニアとの他と比較して比較的有利な地歩を、何らかの形で固めねばなりません。

近い将来、本当に中国を軸とした”中華世界”が生まれる可能性は低くないように思います。当然、それは全てが中国を中心に回るという意味でなく、そこを基準点とする、という程度の意識でしょう。アメリカが、軍事力のゆえというよりもむしろその圧倒的な消費を支えるお得意様であるが故に中核と見なされたように、中国もその力ゆえというより、資源大国ロシアを背後に据えての大消費国として新たな「お得意様」として優遇される時代が来るのでしょう。

で、日本は? どうすれば?

望み次第ですよね。
黙ってれば便利で都合のいいやつ、ということで重宝されるでしょう。口を出せば、無視は出来ないが、正直煩いやつ、という認識でしょう。

結局、どういう民族・国家として捉えられたいのかというのがハッキリしてこない以上は、いつまでもとらえどころのない国というままで終るのでしょう。

そして、それが本望なのかもしれません。
 

(無題)

 投稿者:春日 姫宮  投稿日:2009年 4月12日(日)23時34分48秒
  毎回突っかかるような言葉遣いで、AHHさんに譲歩して頂いてますね。ごめんなさい。
顔を真っ赤にして喋ってもちゃんと受け答えしてくれるので、つい甘えてしまったようです。

老人が海外に出て行く、というのはアリですよね。
日本は団塊世代の持ってる技術だけを他国に取られることを懸念しているのでしょう。
しかしここはいっそ、毒喰らえば皿まで、海外に日本のコミュニティを作ってしまいましょう、というのは、不可能ではないと思います。

ユダヤのようになるかどうか……は定かではありませんが、個人的な予想としては、そうなった場合に、日本人の場合はもう少し融和的といいますか、他国の文化を受け入れようとしつつも、日本文化を他国の人に共有してもらおうと努力するように思えます。

日本人の尺度でもって「そりゃけしからんよ!」と外国人に言えるようであれば、それはそれである種の尊敬を勝ち得そうでありますが、そう言える為には、今の日本の老人はちょっと自信が足りないかもしれません。

お説教できることが、老人特有の能力として認められる時代が来るのでしょうか?
 

(無題)

 投稿者:AHH  投稿日:2009年 4月12日(日)20時22分18秒
  なるほど、そうですね。乱暴な発言で投げっ遣りにしてました、すみません。
態度を改めますんでご容赦を。

春日さんのご意見、いちいちもっともだと思います。地理的な意味での日本が決定的な崩壊を経ず、穏やかな立ち直りに向かう為には、移民、養子取りなどの手段が必要というのは正しいと思います。
凝り固まり、引きこもった国民性にはいい刺激だと思います。活力と安寧はトレードオフでしょうが、これ以上安寧を求めても仕方ない時期ではあるでしょう。まぁ、もうちょっと実力主義の方向に戻してやる必要はあるかもしれませんが。


外から入れる、非常にヨシです。そして同時に、外に出て行くべきとも思います。
老人が増える、ならば、老人を輸出しましょう。徴兵制度がわりに海外協力隊への従事を義務付けてもいいかもしれんです。
現在団塊世代の海外流出が嘆かれてたりしますが、嘆く理由がわかりません。むしろ推奨し、急ぎ海外に拠点を築いていくべきと私は思います。もし実現すれば、受け入れるべき移民もまたただ働きに来るだけの人たちばかりでもなく、相応の敬意を持ってくる人々になるかもしれませんし。

ユダヤや華僑が強固な独自文化をテコに外でネットワークを築いたように、日本人も摩訶不思議で理解不能な独自文化(笑)をテコに頑張れそうな気がしますが…それは気のせいかもしれませんね。
 

(無題)

 投稿者:春日 姫宮  投稿日:2009年 4月12日(日)16時35分49秒
編集済
  >正論は「稼ぐ老人になるべし、さもなくば死ね」ですよね
これはさすがに正論にはならないと思います。
定年を遅らせて老いても働かせる、それは今後そうなって行くでしょう。
しかし、それにしても人間が働ける年齢には限界があります。他方、働けなくなった老人の最低限の生活保障を放棄する、延命装置のスイッチを切るといったことは人権問題に触れ、認められないでしょう。

現時点ですら介護に携わる人には安い給金で泣いて貰って、それでも老人の介護が芋洗いと称され人権が守られていないと非難される悲惨な現状があります、これ以上介護の質は落とせないところまできています。

介護の単価はもう下げられない、今後若者が老人を支える負担は更に数倍増する、老人の人権くらいは建前として守る必要がある、これらの事実を踏まえた上で「老人に競争させる」という答えは大した解決策にはならないでしょう。競争から脱落した老人に張るセーフティネットの維持だけで、未来の若者をすりつぶすには充分です。現在の日本は、本当に移民を1000万人とかそういう規模で導入する必要に迫られているはずです。

加えて、移民を受け入れるのは官僚としては都合が良い。日本の国力を、すなわち省益を今後とも維持できるからです。
国際的にも、日本は移民を受け入れよとの圧力があり、移民を受け入れることは国にとって体裁が良い。そうでなくても、日本は少子高齢化ですが、世界的には人口爆発の傾向にあり、AHHさんの仰るところの垣根の内外の圧力差は今後どんどん高まっていく。どこかで調整が必要になるはずです(おそらくは、日本においては今後どんどん労働力が不足し、対して世界においてはどんどん労働力過剰となって、労働の価格差が生じる。これを嫌う経営者たちの政治的圧力によって。現に経団連は今現在において、数百万〜数千万の移民を受け入れるべきだという姿勢です)。
そして何より、移民を受け入れる歴史は、例えばアメリカンドリームの餌で移民によき搾取対象となってもらい、現在は非アングロサクソンの割合が5割を超えつつあるアメリカなどに前例がある(対して超高齢社会は前例がない)。

官僚の立場から考えた正着とは、恐るべき数の移民を、その必要性を理解出来ない愚かな国民をどうなだめすかして受け入れるかにあるかと思います。

このように、高齢社会問題だけを見ても、AHHさんが仰る「閉鎖の為の受容」は、今後の日本において、それこそ大化の改新や明治維新のような、日本史上に残る大規模なものにならざるを得ないと考えています。

D&Dの制作者が亡くなられていたのですね。私もご冥福をお祈りさせていただきます。
 

(無題)

 投稿者:AHH  投稿日:2009年 4月12日(日)00時23分55秒
  D&Dがなかったら自分の人生がどうなっていたか、全く見当つかないです。
多分全然ちがうでしょう。もしかしたらもっと真人間になってたかもしれませんが、今ある友人たち皆との縁がないとしたら、もう本当にまったく別の人生のはずです。

両氏に、改めて感謝するとともに、本当にご冥福をお祈りさせていただきます。
 

うぃ

 投稿者:AHH  投稿日:2009年 4月 7日(火)00時22分9秒
  失礼、かなり話のレベルを下げていただいた様子でw まぁそんくらいにしといてください。
説明責任、何手のも言葉が硬いですね。連中のあまりにバカにした態度が気に食わないだけです。彼らの口ぶりには説明なんて言葉すら高尚すぎるようにおもいます。無論、自民がいいってこともないんですが、それでもまだ風呂敷の広げ方に遠慮が感じられるだけマシという程度なんですけどね。
人を人と思わない人間を上に持ってくるのが悪いとは思いませんが、人を敵味方にすら分けない人間は支持しようがありません。
仰るように、政策に投票するというのは不可能です。人品に対して投票せざるを得ないのですね。

さて、高齢化社会。
…これって、回避しようもないし、対策しようもないものだと思いませんか。ぁ仰るように養い手を増やす、という考えは当然ありなんですが、それもそもそも解決策ではないですね。
正論は「稼ぐ老人になるべし、さもなくば死ね」ですよね。そもそも、この「老人」に当たるところはどの層がはいってもいいわけで。老人の競争が激しい時代、老人が闘う時代が来る、という話であって、不労の老人をどう生き延びさせるか? という議論は早晩若者から切り捨てられて終了だと思います。まして、外からの若者に期待するのが、よき搾取対象となってくれ、ではどんな申し訳が立つのか見当がつきません。

老いては子に従え、さもなくば、老いるな。
おめおめと老いることが許されない時代が来る、その前提で心身を鍛えておく、ってのがまぁ、苦しいながらも結論ってことになると思っています。
 

結構違いましたねw

 投稿者:春日 姫宮  投稿日:2009年 4月 6日(月)00時11分21秒
編集済
  んー、一切説明責任を果たさないから民主党が嫌い、とAHHさんは仰いますが、それは自民党も同じような。裁判員制度導入は決して小さな「開放」ではないと思いますが、説明を受けて国民が議論する時間を貰った覚えはありませんよ。自民党が可決した人権擁護法案についてはどうでしょうか?

自民党が民主党よりも説明するのは、単に政権与党だからだと思いますよ。

……と、書いてるからと言って私は自民党が嫌いなわけでも民主党が好きなわけでもなく、両方ともAHHさんの言うところの「かけ声」に過ぎないと思っているからです。自民党がどうこう、民主党がどうこう、というのは全くナンセンスで、両方とも実体のない容れ物でしょう。

それはもう、AHHさんが仰る通り、国民なんて何にも分かっちゃいなくて、明治維新の時は開国に反対していた勢力が実権を握ると開国を推し進めたわけで、日本の権力闘争なんてのは理念でやるものではないのですから。

もちろん、容れ物の中身を見て、麻生さんの方がマシ、小沢さんの方がマシ、というような議論はあり得ると思います。でも、麻生さんは自民党の大勢を占める意見とは相容れませんし、小沢さんも同様。彼らが失脚すれば、自民党や民主党は全く別の政策を打ち出してくるはずです。

現実問題、「政策」で投票すると、郵政民営化に賛成という意図で投票したつもりなのに、その票を麻生さんに郵政民営化を否定する決議に使われてしまった、なんて馬鹿な目に遭うだけかと。

今やってるのは、自民党と民主党のどっちが容れ物として美しいかというイメージ勝負で、自民党は古くさく、麻生さんも大して美しくないんですが、小沢さんがあまりに汚れすぎてて民主党も勝てませんね、という程度の話に思えます。

それとは全く別の次元の話で、日本は「開放」すべき部分が多いでしょうね、と考えています。
例えば45年後には1.2人の生産者で1人の非生産者を支えるような超々高齢社会が待っています。これまでの豊かな生活を享受してきた日本人がそんなばかげた社会に耐えられるはずがないので、その頃老人となる(死んでるかも)私たちが姨捨されないために、海外の労働者を受け入れなければなりませんが、そうした現実の問題に対処するには、さて政権交代した方がよいのか、しないほうが良いのか。

国家を囲い込みとする見方には賛成です。しかし、少なくとも現代の日本において、その囲いの高さ・強度は下げるべきだと思います。なぜなら、国家という囲いの内側は市場としてはあまりに狭いからです。
韓国が嫌い、感情としては私も理解できます。しかし、日本が近隣諸国と経済圏を形成できないのであれば、EUやNAFTA、中国がブロック経済に走った時に、日本はこの世の地獄となります。

最後に、マスコミが「開放」を求めるのは、「開放」するほど変化と情報=飯の種が彼らに転がり込んでくるからでしょうね(笑)。
 

んーw

 投稿者:AHH  投稿日:2009年 4月 5日(日)21時39分21秒
  残念ながら私は丸山眞男氏の本は読んでませんので、そのあたりはご勘弁を。

国家ってのは、要するに囲いこみです。その内側と外側を区切り、それによって一定の秩序を確保するのが目的です。ですから基本、閉鎖性の維持がその目的であるべきだと思っています。内外の温度差、圧力差が巨大になりすぎて結果として閉鎖性が破綻するようなことがないよう、適切な調整をおこなうこと、これが外交です。
そのためには、立地的な閉鎖、情報的な閉鎖、これらをうまく用いて「閉鎖の為の受容」という論法でもって全てを調整する、のが王道だと思っています。

確固たる理由なき開放なんて危険なだけ、異物を取り込んで問題の出ないシステムなんて古今東西ありえないわけで、それを納得性を保ちながら行うには明確に「内向けに利益がある」ことを説明することが不可欠なわけです。

だから、なにかについて「開放」が行われるとして、それに納得いく理由さえあれば別にいいわけですよ。全てに一切説明をする気がない民主とか、開放そのものが善で閉鎖が悪といいつのるマスコミが気に入らないのはそう言うわけです。

実際、小沢の言うとおり、国民は細かいことを知る必要はない。
しかし「そんなことはしらなくてもいい細かいことだ」ということは知りたいのです。

一市民として、心穏やかに枕を高くして寝るために。
 

元気ですよー

 投稿者:春日 姫宮  投稿日:2009年 4月 5日(日)18時57分24秒
編集済
  AHHさんの仰る通りだと思います。私は丸山真男なんて読み捨てで何にも分かっちゃいませんが、日本人のよく言えば融通無碍さと言いますか、悪く言えば思想の靱性のなさというのは確かに感じます。

そうした日本人の特性があったからこそ、幕府の開国を弱腰だと批判した維新勢力が、明治政府樹立後には逆に、幕府以上の開国を実行できたのでしょう。

ただ、当時は、個々に見て行けば守るべき文化、伝統もあったでしょうが、全体としては海外のシステムを受け入れる「開国」の方向に進まざるを得なかった時代だと理解しています。

現代も当時と同じで、移民の受け入れ、会計制度、英語教育、産業構造の転換、労働市場の育成など、海外のモノの多くを受け入れなければならない「開国」の時代だと捉えています。

そうした「開国」前夜の空気の中で、「開国」の必要性を比較的理解しているけれども、例えば国会レベルで審議すべき海自派遣を行政レベルで強行し、派遣した後でいわば自衛隊員の命を盾に法案を押し通す与党の姿勢は、井伊直弼の独裁政治を(もちろんあれほど酷くはないですけれども)思い起こすものがあります。

他方、そうした与党の制度的限界を感覚的には理解しているのでしょうが、現実の批判といえば「行きすぎたグローバル化を是正しろ」「派遣労働者を守れ」と時代錯誤の主張を繰り返す野党は、当時の時代遅れの主張であった「攘夷」を唱える維新勢力に重なる部分が見られます。

AHHさんがここでよく書いておられる、何かがおかしいという焦燥感に駆られて今の政治へのテロリズムを繰り返す層は、岡田以蔵辺りでしょうか。

現代の「開国」を成し遂げる為に、政権交代という維新が必要なのか、そうでないのかは私にはわかりません。ただ、確かに小沢さんは、維新勢力の「顔」になるには余りに汚れすぎてしまっているでしょう。彼は彼なりの正義で行動していて、明確な悪意で政権奪取を目論んでいるとは思いませんけどね。

※投稿前に確認したら、AHHさんが直前に書き込まれていたようですね。概ね私の言いたいことと一致していたので、肩透かしを喰わされた気はしませんでしたよ。
 

反省コミで

 投稿者:AHH  投稿日:2009年 4月 5日(日)17時23分51秒
  昨日、ちはやぶる、って漫画のpopが目に止まって買いました。いいすね、これはひさびさの当りでした。まぁ個人的に百人一首が好きだってこともありますけど。さいきんの書店での試し読みだとかお勧めpopだとか、かなり信用できていいですね。

話変わって。

下のお返し記事とか見て、相変わらず人の話を受けてないなぁと思うことしきりです。文字での会話というのは、前後の文脈もなければ背景も汲みにくくて、そこにあるとおりに受取ったつもりでも完全な誤解をしてしまうことがありすぎて怖く、どうしてもズラした受け答えにしてしまう癖があります。判ってても、誤解事態が避けがたいので、そのほうが無難だって選択ゆえなんですが…肩透かしくらわせてしまってるよなぁ、とも思わなくもありません。

これがなにか作品の感想って言うのならもっと簡単なんですけど。背景を汲む必要もなく、ただそこにある文章だけを読んで、拾えるだけを拾う。その姿勢さえ真摯であれば、後ろめたいところもなく、思う様にいろいろ書くことも出来ます。

適当な会話って言うのは、なんていうか、どの程度適当が許されるのかを図ることが一番難しいって、まぁ、そんな感じです。

ほんと、そんな「感じ」なんですね。
どうもすみません。
 

あらら

 投稿者:AHH  投稿日:2009年 4月 4日(土)04時32分57秒
  すみません、。反応遅れました。お久し振りです、お元気でしょうか?

さてさて、ううむ。難しいお話ですねぇ。
「開国」というのが政権の交代あたりになぞらえられているのか、その辺は良くわかりませんけれど、私は、開国にせよ鎖国維持にせよ、そのタイミングと調整次第ではどちらも失敗しえただろうし、成功もありえたと思ってます。
どちらも、単なる掛け声に過ぎないわけで、実態を伴ったものである必要はないからです。すくなくとも完全には。

日本人は掛け声ってやつが好きです。ほんとに変えたいかどうかはともかく、改革だとか革新だとか言う言葉が好きです。基本保守的でありつつ、外力としての変化を望む国民性です。さらに言えば、保守的であるといいながら、なにを保守したいかをわかっていないのもまた特徴で、自分がどの文化圏に属しているかを理解していません。宗教を自覚せず、国民性を自覚せず、善と悪の定義も曖昧、へたすれば性差すら自覚していません。
そのため、自分は電灯を保守しているつもりでいつもまにやら改革されてしまうというおめでたい国民性なのですね。

…ようするにとことん声の大きい人間に弱いのです。
適当で声だけデカイ人間ならまだいいんですが、明確な悪意をもった人間であっても声を上げれば影響されてしまうわけで…。流石に喜ばしくありません。

まぁ、なんというか、小沢の顔のどこに好ましいところがあるかってコトです。
正直、それまでの理屈なんてどうでも良くて。
 

色々と動いているようですが

 投稿者:春日 姫宮  投稿日:2009年 4月 1日(水)00時26分10秒
  お久しぶりです。ご挨拶に参りました。

何やら政治的な話題が多いようですので私からも一言。
現代は幕末に類似点が多いですね。
これからも1億2000万人の生と欲望を充足させるには、どうしても日本は「開国」しなければならないんですが、当然反発も凄く大きい。
体制側の人間はなんとか時代の流れに対応しようとしますが、弥縫策に終始して遅々として改革は進まない。井伊直弼ほどじゃないけど言論弾圧、殆ど(現代においては民主主義という)ルール違反の施策強行を繰り返してる。
批判してる方は尊皇攘夷、ではないけれど、実は体制側よりも、もっと時代に即してないことを主張してる。
ところが、批判してる側がいざ権力を手に入れると、本当に時代に対応してしまったのが歴史の面白いところだと思います(尊皇攘夷はその後の日本の悲劇に繋がったかもしれませんが)。
さて、現代においてこの構図は成り立ちますかどうか。AHHさんの仰る通り、特定の層に新撰組のような空気は感じますが、小沢さんじゃ維新の三傑にはなれないよなぁ。
 

(無題)

 投稿者:AHH  投稿日:2009年 3月24日(火)19時37分48秒
  実力差があるからといって、勝つべきだってワケじゃない。
実力差があることと勝敗は別で、実力的に劣るほうが勝つためにはこれまた方法論がある。
格闘ゲームでキャラ差があるからといって、有利側が勝つと決ったわけでは当然ないし、また、強いほうが勝つべきだという発想に立つことは勝負事のタブーではある。
弱キャラを選んだ時点で、そうした心理的な調整がしかけられているのであり、意識できなければキャラ差による優位は失われてしまうことすらある。

強いはずなのに勝てない、とか、僅差、なんて思っているなら、その時点で意識的には相手の戦略に絡められているといってもいい。
実力差を利用した戦術を仕掛け、弱いものをさらに弱くさせる立ち回りが出来ないなら、むしろ意識としては不利になる。強キャラを使うなら作業プレイが出来なければダメで、弱キャラを使うなら作業プレイをさせてはダメ。

勝敗を語る場で実力差に眼を向けすぎるのは、たいてい、決定力の欠如に繋がる負けフラグでしょう。

試合が始まったら、手札を見てただ勝つためだけの戦略を練るべきで。
要するに必死になってる相手なめてるから危ない目にあうのだと。

ほんと心臓にわるいというかなんつーか。
 

少々飲んでいます

 投稿者:AHH  投稿日:2009年 2月 7日(土)21時17分55秒
  何となく売り言葉買い言葉で一升瓶一つあけるトライアル中。
出来なくはなさそうだけど、なんか、もっと好みの酒買えばよかったね…
天狗舞とかって飲み屋に良くあるけど冷やだとあんま好きじゃないです。

ここんとこノスタルジックな気分に浸ることが多い気がします。特にネットなんて場所はまさに泡沫のごとくに生まれては消え消えては生まれなので、ふと振り返ると儚いわ寂しいわやりきれないことこの上ないです。

まーそんな中でとりあえずは存在を続けてる以上は、なんかーせんとイカンかなと思わなくもないわけで。
思うだけで実際はなんもせんけどさ。

とりあえず、いろいろ読んだり書いたリしてみてはいるわけですが。
ほんと、netにいると時間の経緯の残酷さは良く見えることですね。
 

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