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>信華銘で数次郎の作ではないかというような駒を観たことがありません。
梅水さんが見たことが無いことに逆に驚かされました。
東京にある信華の駒は数次郎により製作したものが相当数あります。逆に
本物の信華作は数少ないと思っております。
信華は、大阪の増田開新堂の娘さんで、一家で駒作りをされていました。
弟は水月という名前で駒師をしておりましたが、豊島の関係からか、大阪の
職人であるにもかかわらず、豊島字母紙による作品も残しております。
梅水さんが転載された2chでは増田開運堂となっておりますが、確か増田
開新堂であったと思っております。
信華は、若くして、数次郎と結婚し、東京へ出てきます。その時に数次
郎により作られ、関係者に贈られたものが、本BBSの盛上駒図鑑の
「清定(花押)」駒で、傑作です。
信華は数次郎の姉(数次郎より18歳年上)の小姑としての扱いに反発し、
直ぐに離婚をしてしまいますが、話題となった結婚であったため、大阪へ帰
れず、東京で生活をし、後に新国劇の役者となります。その、信華の生活費
の面倒を見るために、数次郎は多くの「安清書」を作りそれに信華名を付け
渡していました。
信華本人の作品は、数が少なく、それほど良い状態の物は滅多にありません。
10年ほど前に、井上一郎氏は、私の工房に来られた時、信華の「岳城書」
の大虎斑の駒をお見せしたところ、非常に気に入られ「大阪の宝にするから
是非譲ってほしいと頼まれたことがありました。その駒は、数次郎の本BBS
の物ではない「清定書」の駒と夫婦駒であったため、お断りせざるを得ません
でしたが、ある盤駒商の方から、開店三十周年記念の販売会の目玉商品として
展示をさせてくれとの話で、お貸ししたところ、実際に販売をされてしまい
非常に怒ったことが、つい最近の事のように思い出されます。大変に惜しい
作品を詐欺のように扱われ、悲しい思いをしました。
その駒には、大駒入れに京指し物の、駒箱と駒台が付いており、大駒入れの
蓋には「坂田三吉」の左馬が大きく揮毫をされていました。どこへいったも
のやら、今一度見てみたい駒です。その詐欺師まがいの盤駒商は、相当な高
額で販売をしたそうで、告訴まで考えましたが、駒の世界を騒がすことにな
りそうなので涙をのんでこらえました。未だに残念なことだと思っております。
数次郎の作った信華書は、すぐに数次郎の作品と解ります。作風がまるで違い
ます。
それにしても、2chの番付表、なんですかね、あれは!
滅茶苦茶な評価を恥ずかしくもなく良く載せたなと言いたいですね。
無責任な2chの評価とはいえ、出鱈目もいいところですよ。
まともな、評価が出来る人がいなくなってしまったようです。
今一度、書きますが、全く理解が出来ない評価です。
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