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良尊ギャラリー

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 5日(土)18時28分14秒
  本日「良尊ギャラリー」へのご投稿を頂きました。更新再開後は一番で掲載予定です。その他掲載予定は雅峰作菱湖書彫り、木村作菱湖書彫り、信華作清安書盛上、「桂山ギャラリー」桂山作清安書彫り、桂山作鵞堂書彫り、桂山作水無瀬書彫り、桂山作無劍書彫りなど、「掬水ギャラリー」への掲載予定も4組ほどあります。更に皆様からのご投稿をお待ちしております。  

RE:RE:RE: 駒の鑑定

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 5日(土)00時45分56秒
  楽しいお話しをありがとうございます。何だかのどかに読ませていただきました。脱線でしょうがもうどうでもよいのでお聞きください。わたしの贋作はかの有名な「なんちゃって桂山」です(笑)。これは天童の老舗店で実物を見て購入しました。ちょっと割高でしたが返品していませんし返品する気持ちもありません。値引きを要求しようということには気づきませんでした(笑)。恨みにも思っていません。これを購入するときは桂山の駒を見たことがなかったのです。購入したのは桂山作を知りたいという理由でした。そのお店ならば信用できるだろうと購入したわけですが贋作でありました。もっとも駒形と駒木地がとても気に入ったので使うのによいという理由もあったのです。このように真贋係わらず気に入った駒ならば迷う必要もなく、結果、なんちゃってのケースであっても後悔しないわけです。物故者の真贋怪しいような駒を買う場合は2つのケースがあると思います。1つは、何でもよいから静山(例)を1組ほしいというようなケースです。2つ目は、安く買えれば儲かるのではないかという欲目から来るケースです。2つ目は放っておいて、1つ目のケースはわたしのなんちゃって桂山と似ていますね。初めてだからよく分からないのですね。そんな方には何か手助けできないものかと思うのですが、余計なお世話かもしれませんね。  

RE:RE: 駒の鑑定

 投稿者:yamamotoeisui  投稿日:2009年12月 4日(金)23時33分54秒
  確かに私は多くの駒に入札していますが、下値があれば拾っておこうと言う程度の価格でしか入札していません。本当に入手したくて、終了間際に手に汗を握る思いをする駒は2年に3回程度しか出品されません。この様な駒の出品の度合いは今後は更に低くなると思っています。
さて私の場合オークションの画像はそれ程深く観ていません。例えば先日の奥野作の駒です。
まず、王将を観ます。それでその駒のランクを見極めて、歩兵などで漆の減りを確かめて
そこで入札しています。駒の書体の違いを見落としたと言うより、観ていなかったと言うのが正しい表現でした。駒の違いに気が付いていれば、入札価格はあと4割下げていました。
これを2チャンネルの知りました。この駒をその時点でキャンセルしても良かったですが、
新規の入札が有り、私は次点で終了しました。実はこの出品者とは3回取引があり、出品内容で先方の不備があり、私の申し出を素直に受け容れてくれてる。信用のある業者です。
今回の件もそれと気が付かずに落札して、決済後に現品を受け取ってからでもそれなりの対処はしてくれます。そして、この駒は落札者のキャンセルで、2番手の私も落札辞退で後日再出品されて私は再度入札しましたが、終了間際にOO氏が落札されました。入札価格の差は価値観の差ですね。私が落札した場合はOO師に欠損駒を製作依頼して、私自身の対局用又は盤に並べて楽しむ駒にします。奥野の銘を楽しみながら駒を並べるのは至福の一時です。(因みに私の奥野作菱糊書は銘が完全に消えています。実のところ一番欲しかったのは奥野の駒銘でした)
贋作は1度購入した事があります。この駒は良く出来て、真作も混じっていました。
送金して駒が送られてきた時は麻雀に1時過ぎに帰って来た時で直ぐ観ましたが、贋作とは
夢にも思いませんでしたが、翌日の夕方に再度観て、それと気が付きました。
その後、出品者と話し合いで返品となりました。この駒を再出品されたら私は又、気が付かないと思います。
 

RE: 駒の鑑定

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 4日(金)20時36分34秒
  まず、わたしについて書きましょう。わたしは実物を観ても真贋について常に100%を判定する自信はありません。写真であったらなおさらです。しかし100%である必要がありますか? 写真によるオークションの本質として元々ある程度のリスクを持つ以外は方法がありません。どんな凄い目利きであっても失敗はあります。しかし、写真で観ても明らかにおかしなものはあります。その場合の確度は80〜90%くらいかもしれません。目利きの方は値段を見ながら残りの10〜20%に賭けるかもしれません。あるいは転売のために確信的に落札されるかもしれません。気のどくなのは転売など頭になく真作を疑わない善良な駒ファンの方々です。落札されたその方が一生誰にもお見せにならなく楽しまれるならそれもよいでしょう。外野がとやかく言う必要はないと思います。しかし今の時代そうは行きません。どこかで悔しい思いをされることでしょう。

yamamotoeisuiさんは多くのオークション駒に入札されておられます。当然すべて写真をご覧になり判断されておられることでしょう。贋作を落札されたことはおありですか? もしNOならば、写真による判断は役に立つのです。100% である必要はないのです。このようなことは普通は述べる必要のない分かる方には分かる常識的な暗黙の了解事項なのです。yamamotoeisuiさんも分かっておられます。しかしすべての方に露出の可能性がある公の掲示板で例えば80〜90%程度の確度において特定の駒について論評することに問題があることも確かであると思います。少なくともわたしにはあるように思えます。わたしも初心に立ち返ろうと考えている今日この頃であります。
 

(無題)

 投稿者:キコリ  投稿日:2009年12月 4日(金)20時33分49秒
  暫く、見ないうちに多くの投稿があり喜ばしく思っております。
駒に対する皆様の情熱が伝わってくるように感じます。

私ごときが、皆様にお伝えできる事があるとすれば、それは単に
「好きか嫌いか」と云うのみです。どなたにも好みがありそれを
否定など出来ません。お互いがその方の好みをどのように感じる
かだけでいいのではないでしょうか?
でなければ趣味の世界を飛び越した専門家レベルとなるだけの話
です。趣味の世界はいろいろな方の好みの違いから、意見が分か
れるべきなんではないですか。
人それぞれですから、美人が好きな方もいれば、かわいい女性が
好きな方もいる。中にはブスが良い人がいたっていいじゃありま
せんか。趣味の世界とはそのような意見の交換の中で、お互いを
尊重しながら発展するものかな〜なんて思っております。
 

Re:駒を愛する者さんへ

 投稿者:しろねこ  投稿日:2009年12月 4日(金)20時09分44秒
  画像で判別できるものとできないものがあることは確かです。実際、虎斑の駒は虎斑模様が弱いためか判別できないことがありました。このようなとき、オークションの営業妨害になるので本掲示板では答えることができませんということがありましたのであれば便利だと思いました。

今ある駒を使いこみ育てることが重要ということには大賛成です。「駒は使っていくらか」で鑑賞するための駒ではないからです。

会員制(無料)にすれば非会員の方々は掲示板を見られなくなり、投稿もできなくなります。情報の多様化からみればだれもが共有できるYouTube動画などのサイトも大半は会員制になっているため一応賛成します。大勢の意見を尊重し決めるべきだと思われます。

大竹竹風作ではなく竹風作、大竹涼風作ではなく涼風作、初代と二代目が大竹竹風師と襲名されたとき制作された駒を大竹竹風作と呼ぶそうです。改める必要もあると思います。
 

ありがとうございます

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 4日(金)20時01分49秒
  ばたさん、駒を愛する者さん、真剣なご意見を頂きありがとうございます。駒を愛する者さん、詳しいご回答を頂き大変参考になりました。その中で頂いたご質問に対しお応えいたします。→→→ の右側が梅水の発言です。

この頃の話題がある意味贋作一色になっていることが寂しいのです。さらに、言うなれば贋作を知って持つ者(買う者)に対してはどうお考えなのか? →→→ わたしはご存じのように、駒を愛する者さんと同様の意識から過去に当掲示板での発言を制限しておりました。確かに平和でした。駒世界で何が起ころうがわたしには関係がなかったのです。わたしは贋作には係わりたくないというスタンスだったのです。また、出品者の方、落札者の方のことを考えれば、それらの駒に対し良いだの悪いだの真贋だのは言及すべきではないという考えも持っておりました。その後、わたしの方針は「良識に基づく無制限」というものに転換しました。そんな中、オークションにおいて贋作が連続で出品されるようになりました。その後のことは詳しくは書きませんが、その状況を放っておくことが出来ず、駒を特定しないように贋作出品の警告をしたのです。

これまで贋作贋作と話題になった駒は本当に贋作なのか?その後の検証等はされているのか? →→→ わたしは贋作駒を特定したことはありません。話題になった駒は特定されたことはないのです。またわたしは常に100%(特に写真だけでは)断言できることはないと申し上げております。ただしわたしが頭の中で贋作と想定した駒は写真だけで断定してよいほど明らかなものでした。また掲示板でこのような質問をされてはお応えしないわけにはいかないのです。このご質問自体が贋作の話題なのです。それだけすべての駒ファンにおいて重要なことなのです。既に述べたことですが、今後わたしは駒の出来不出来や真贋について現状の銘駒掲示板では発言をしないことにしております。それはわたし個人の決心であり、他の皆さんにおかれましては「良識に基づく無制限」が生きています。

更に付け加えるなら、このように参加者の方のレベルが特定できない露出された掲示板では、どなたにもある程度理解できるように大量の文章をもって説明しなければなりません。一つ一つ説明したい性分のわたしはクタクタであります(笑)

以前わたしがとった方法のように、今後一切のオークション品の話題を禁止にすれば問題は起きないでしょうが、それで何が掲示板と言えるのでしょう。わたしはそのことを真剣に考えました。それで「会員制掲示板」が出来たあかつきには一般の方が見たくはないかもしれない話題は閉じた世界で規約を理解した参加者同士が意見を発表し合いお互いの参考にし、外界の方にはその話し合われた内容は口外しないものとする。そして「銘駒掲示板」では昔に戻り禁止事項にする。そのような解決方法方を考えついたという次第なのです。

会員はもちろん強制などはなく興味のない方は登録などされず今まで通りでよいのです。むしろ今より心地よくなるはずです。贋作の話題が表面上消えるわけですから。また、会員の方は例えば10名ほどであってもよいと考えています。最初はその方がよいかもしれません。登録は簡単ですが、規約を理解されることが面倒かもしれません。その規約とは外部の方に迷惑をかけないためのルールです。
 

駒の鑑定

 投稿者:yamamotoeisui  投稿日:2009年12月 4日(金)18時52分11秒
  駒の鑑定は写真や画像では絶対に判断出来ません。実見しても解りません。
実際に手で触ってみて初めて総ての情報がわかります。ですからオークション
出品の駒を画像を見ただけの判断(鑑定)は出来ません。一番注意するのは盛上げ駒の
場合ですが油の付け過ぎで錆び漆の部分が浮き上がっている駒です。
この場合、駒は盤面に駒を打ち据えると漆が飛びます。
この様な駒は木地が茶色になっていて、艶が有りません。しかし、悪意の出品者なら
ノークレーム、ノーリターンでこの駒を蝋仕上げして画像上では見た目を誤魔化せます。
相当駒に詳しい方でも、画像故に判断出来ません。尚、飴色の駒とは艶を伴った駒を
言います。
 

どうでしょうさんへ

 投稿者:柿崎大祐  投稿日:2009年12月 4日(金)18時03分23秒
  ご自分が贋作だと思うならそれで良いのではないでしょうか。
実害はないのですから。
 

しろねこさんへ

 投稿者:駒を愛する者  投稿日:2009年12月 4日(金)15時44分40秒
  しろねこさんは会員制にして、専門家の方からオークションの価格が妥当かをお聞きしたいのですか?専門家の方もそんなことを相談されてもご自身でお考えになって下さいと言うだけだと思いますよ。また、専門家の方に写真だけで判断させるおつもりですか?常識的な意見であれば会員制にしなくても今まで通り聞けると思います。
しろねこさんのコメントには、お金云々・価格のことが多いですが、ご自分のお持ちの駒を大事にお使いになられて育ててあげることが必要だと存じます。
 

梅水さんへ

 投稿者:駒を愛する者  投稿日:2009年12月 4日(金)15時33分34秒
  梅水さんこんにちは。質問にお答えします。

1.今まで掲示板に参加されましたか?  参加したことがあります。
2.何が役に立ちましたか? この銘駒図鑑の全てが役にたっています。駒の写真、掲示板のコメント等。
3. 贋作などの話題はお嫌いなのですね? 好き嫌いの問題ではありません。興味はあります。
4.無料の会員登録は面倒であるとお考えですか? 面倒です。皆さんの意見の透明性に欠けます。

そういうことでなく、この頃の話題がある意味贋作一色になっていることが寂しいのです。
さらに、言うなれば贋作を知って持つ者(買う者)に対してはどうお考えなのか?
これまで贋作贋作と話題になった駒は本当に贋作なのか?その後の検証等はされているのか?
贋作問題は、物故者のものがほとんどですので掲示板等での発言には慎重さが欲しいと思います。これまでの掲示板における贋作に対する発言はある意味出品者に対する配慮のないものが多々あったように存じます。

銘駒図鑑は素晴らしい駒の写真を全面に出して我々駒ファンを魅了してほしいと思います。梅水さんが7年間運営されてこられての苦労は承知しております。日本、世界にこれ以上の駒のサイトはありません。本当に感謝しております。これからもこのサイトが永遠に継続することを願っております。
 

「ばた」のささやき

 投稿者:ばた  投稿日:2009年12月 4日(金)05時32分49秒
  私の思い(ささやき)を少々。
まず、掲示板の会員制度は「どっちでもいい」ですね。
この銘駒図鑑が一種のバイブル的なHPになりえた理由は「写真の多さ」だと思います。
これは「駒のささやき」や「名駒大観」もそうですが、画像が第一です。
で、次に銘駒の歴史や分類などの情報、最後に他者の意見だと思います。
私も自分のHP(全く別の趣味)を持っていますが、自分の主義主張がメインですので、バイブル的な趣(おもむき)は全くありません。
所詮は一個人のHPですから、管理人さんが思うように展開すればいいと思います。もし、バイブルを作りたいのであれば、主義主張は控えめがいいでしょうし、自分の考えを展開したいのであれば、それもよし。(←ただしこの場合は、見る人も偏るでしょうね)

でしゃばりついでに
私がキコリさんやyamamotoeisuiさん、管理人さんに期待したいのは、知識の披露です。
漆の特性や駒木地、歴史の話など、昨今話題の贋作に関しても私見でも結構ですので、その贋作の「出来」「不出来」なんかを「ここが悪い!」とか「結構よく出来た贋作だ!」とか、その程度の話が出来ればよいと思います。
正直、話の末に遺恨が残るような展開は「外野」の者は引きますね。
ただし、このへんの話もこのHPを私的な物にするのか?駒好きのバイブルにしたいのか?で、おのずと変わると思います。
趣味とは読んで字のごとく「趣味思考」ですので、とどのつまり「全く同一の・・・」なんて人はいませんよね。どっかで、ぶつかるんです。
私の見立てだと、HPのデザインや画像の多さでは、「バイブル的」なHPのよう。
反面、杢木地に独自の名前を付けたり、コラムや掲示板でのご自身の主義主張も結構あったり。
コラムまでは良しとして、掲示板に書き込む時は「梅水」さんと「名無し」に書き込みによって名前を使い分けたほうが良いかもしれませんね。
最後に、駒の価格査定?や相場?は、一意見としても「?」どうでしょうか?。これこそ、遺恨が残りやすい話ですよね。

長文すいません。
 

Re:駒を愛する者さん

 投稿者:しろねこ  投稿日:2009年12月 4日(金)01時54分9秒
  オークションの価格が妥当か、画像では分からないところがあります。
そのため価格、相場、出品されている商品の駒について詳細なことが分かるようでしたら会員制の掲示板に賛成します。

専門家の貴重な意見が伺えるため大変参考になります。
 

案山子さん

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 4日(金)01時16分58秒
  長文のご投稿ありがとうございます。おそらく美術・骨董分野一般における贋作への考察をお書きくださったものと存じます。参考になります。  

静山作菱湖

 投稿者:どうでしょう  投稿日:2009年12月 4日(金)00時09分59秒
  ほんとうにそうでしょうか?私はかなり習字をやりますが、菱の字のあとの流れであのような湖にはしません。その他の文字は特に問題ないと思います。(静山の駒尻の下手な時代のものだといいのですが。。。。。)私も全体的には静山の特徴をつかんでいると思いますが、
駒尻は納得がいきません。それだけのことです。
 

贋作について

 投稿者:案山子  投稿日:2009年12月 3日(木)22時52分25秒
  贋作について、小林秀雄のこの話が有名です。「よく出来た贋作ですなー」という広い心は持っていなかったようです。というか、これが普通の反応のような気もします。小林秀雄が駒の贋作を掴んでしまったらどういう対応をするのか興味があります。叩き割るのか?燃やすのか?
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小林秀雄と贋作良寛       林 淳一朗

 小林秀雄が良寛の書の偽物を掴んだエピソードは有名で、自ら『モオツアルト・無常ということ』(新潮文庫)の中の『真贋』の冒頭で少々自嘲気味に披露している。
 小林秀雄は、こう書いている。

 先年、良寛の「地震後作」と題した詩軸を得て、得意になって掛けていた。何も、良寛の書を理解し合点しているわけではない。ただ買ったというので何となく得意なのである。そういう何の根拠もないうかうかした喜びは一般書画好き通有の喜びであって、専門家の知らぬ貴重な心持ちである。ある晩、吉野秀雄君がやってきた。彼は良寛の研究家である。どうだと言うと黙って見ている。

「地震というのは天明の地震だろう」
「いや、越後の地震だ」
「ああ、そうかね、越後なら越後にしとくよ」
「越後地震後作なんだ」
「どっちだって構わない」
「いや、越後に地震があってね、それからの良寛は、こんな字は書かない」

 純粋な喜びは果敢ないものである。糞ツいまいましい、又、引っ掛かったか、と偶々傍に一文字助光の名刀があったから、縦横十文字にバラバラにして了った。

 この、小林にとっては歯ぎしりするほど悔しいエピソードは、山口瞳が『小説・吉野秀雄先生』(新潮文庫)の中でも取り上げていて、小林の書いたとおり、床に飾ってあった名刀を抜きはなってバラバラに切り刻んだ、としている。
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以上はhttp://mic.itconsult.co.jp/th/th307-hayashi.htmから引用しました。

贋作についての独断による考察です。
1)贋作はほとんどの場合、複数の共犯が存在します。グループで渡ればあまり怖くないのでしょう。
2)贋作は明確な犯罪行為ですが、発覚することは少なく、割のよい犯罪です。
3)贋作を立証することはとても難しいことです。大元の制作者が特定出来ないように贋作グループは努力します。逆に言えば立証の唯一の方法は制作者の特定です。それ以外は贋作グループは善意の第三者を装い司法の手から逃げ切ろうとします。
4)贋作が大量に横行すれば、その作家の真作の価値は当然ですが低下してゆきます。
5)贋作制作者は男性が100%です。
6)贋作グループはそれなりの掟があり、当然ながら極めて閉鎖的、排他的です。
7)贋作グループは悪魔のように細心に行動しますが、売るときだけ天使のように大胆になります。
8)贋作は無法で不毛の世界ですがグループは世間を欺くことに快感さえ覚えているようです。
9)贋作グループがばれるのは制作者自らが原因のことが多いようです。制作者の属性は作家であり犯罪者であるグループの人とは異質の感覚を持つからです。
 

静山作菱湖書

 投稿者:yamamotoeisui  投稿日:2009年12月 3日(木)22時24分33秒
  確かに湖の字はバランスが良くありませんが、違和感は感じません。手書き故の出来、不出来の差でしょう。この駒は静山の作風が良く現れています。  

追伸

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 3日(木)22時21分9秒
  大切なことを申し忘れましたが、銘駒図鑑は今後も何の義務もなくただふらっと好きなときに立ち寄られればよい銘駒図鑑であることに変わりはありません。登録も必要なくお金が必要でもなくただご覧になれるという権利をご提供いたします。それが銘駒図鑑の今後も変わらぬであろう基本です。それに皆さんの新しい(と思われる)ニーズに新たに追加としてお応えしようと考え始めているのです。  

駒を愛する者さん

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 3日(木)22時11分33秒
  駒を愛する者さん、ご意見をありがとうございます。素直な気持ちでお聞きしますが、駒を愛する者さんは今まで掲示板に参加されましたか? 何が役に立ちましたか? 贋作などの話題はお嫌いなのですね。ですから見たくない方にはお見せしないような仕組みが望まれると考えました。途中で休みもしましたがわたしは7年以上銘駒図鑑を運営して参りました。大変な労力でした。無料の会員登録は面倒であるとお考えですか?本当に知りたいのです。皆さんが何を望まれているのか、どういうご希望があるのか。この7年間わたしの問いかけに対してレスポンスはほとんどありません。ご対応いただけたほんの一部の方々には感謝の気持ちで一杯です。銘駒掲示板には今まで駒の手入れの質問、木地に関する質問などが繰り返されていただけでした。概ね閑散としていました。オークションの話題や贋作の話題があがりだしてからご質問やご投稿が活発になってきたと思っています。掲示板は多くの方がお集まりになり、興味のある話題で盛り上がることが参加者の方々共通の利益ではないかと考えております。また、本当に知りたい聞きたい話したい話題が公であるという制限に縛られているわけです。そして銘駒掲示板の話題は他所で歪んだ利用がされてしまう現実があるわけです。わたしの分析や考えが間違っているかもしれませんので、もっと多くのご意見をお聞きしたいと存じます。  

(無題)

 投稿者:駒を愛する者  投稿日:2009年12月 3日(木)20時52分5秒
  梅水さんのこの素晴らしい銘駒図鑑が、
会員制掲示板とか何か方向性がおかしくなってきたように思います。
近頃、贋作云々の話題が多すぎる。
何か寂しいな。
 

SENGOKUIWAさん

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 3日(木)18時34分44秒
  仰せの通りです。恐れ入りました(笑)  

RE: 会員制について

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 3日(木)18時33分34秒
  静山菱湖さん、うれしいお言葉です。でも無料を基本にしないと皆さんの銘駒図鑑ではなくなってしまう気がします。ちょっとの手間だけで今まで通りであり、踏み込んだ話もできてしまうというのが今回の思い付きの狙いです。それに、無料だからキコリさんやyamamotoeisuiさんのような大物も本掲示板に協力してくださるのだと思います。もう少し皆さんのご意見をお聞きしてから、わたしの今やりかけの仕事を済ませましたら動いてみたいと考えております。静山菱湖さんには感謝です。  

どうでしょうさん

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 3日(木)18時26分30秒
  この駒、銘駒写真館に載っていますか?うん?わたしには載っていないように思えます。小さな写真では何も分かりませんので、一つだけある中くらいの写真ですが、王と玉が載っていませんね。なぜ載せないんですかねぇ? 駒の内容については触れません。会員制にでもなったらそんな話もいいかもしれません。どなたが入札されているかが参考になるのではないでしょうか。  

名無しさん

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 3日(木)18時15分11秒
  怪しいものがあったらお教えください(笑)でも会員制になったらけっこう大胆に発言できるんじゃないでしょうかねぇ。ニックネームだけですし、わたしも個人情報に関し機密保持を守る義務がありますし。  

会員制について

 投稿者:静山菱湖  投稿日:2009年12月 3日(木)18時14分10秒
   わたくしはこの際有料にすべきだと思っております。梅水さんだけがこの「銘駒図鑑」の維持費を負担すべきではないと思います。よろしくお願いいたします。  

会員制掲示板

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 3日(木)18時09分1秒
  会員制掲示板を検討しています。無料で登録できますが登録者(会員)の方のみ掲示板を見ることができ投稿することができます。会員の方には機密保持を守っていただき会員エリア(掲示板など)で得た情報はご自分のためのだけに用い口外しないものとします。そうすれば公の掲示板ではありませんから、オークションなどの駒に関し真贋の検討や出来不出来の評価などにつき討論できるのではないでしょうか。会員の中の目利きの方が自由に解説されればよいかもしれません。また、そうなった際には会員専用の銘駒図鑑ページも用意出来ると思いますし、そのようなことが実現した際には記念として抽選で駒や粗品などのプレゼントを考えてもよいのではないかと思いついております。また将来は、郵送による会報なども考えられるかもしれません。会員登録にはメールアドレス、ニックネーム、本名、ご住所、電話番号の登録が必要ですが掲示板上その他ではニックネームのみの表示で行います。プレゼントは登録されたご住所にお送りします。思い付きですが、いかが思われますでしょうか?  

タオ

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 3日(木)13時45分33秒
  天地創造の前からあり
ぼんやりしていてとらえにくいが
そのなかにはかたちがある
しかしじつに曖昧で
渾沌としている
あらゆることがその働きである
それでいてひっそりとしている
それ自体なにもしないけど
すべてのことがそれを通じてなされる
業績を手柄にせず
すべてのものを愛し
すべてのものを養う
しかし支配しようとはしない
その名をわたしは知らない
わたしはそれをタオと呼ぶ
(老子)

今から2500年ほど前の老子の言葉です。解説はしません。じっくり味わってみてください。今後もたまにコーヒーブレークとしてタオ(Tao)について書こうと思っています。

タオとは美意識を内包する安らぎでもあります。審美眼を養う上でもタオは力を与えてくれることでしょう。わたしにとっては静山の名品はタオを感じることのできる存在なのです。

道ばたの草花に愛おしさをもらえるならそこにはタオ(道)ができています。それを感じるのはハナタレの若者には難しいことですが、心のあり方次第で道(タオ)は開くはずです。

駒のことをまったく知らない老子が一組の駒を選びました。先生、なぜその駒を選ばれたのですか?  老子曰く、そこに手が伸びたからそのまま手にしたまでのこと。
 

(無題)

 投稿者:どうでしょう  投稿日:2009年12月 3日(木)13時38分4秒
  静山の菱湖の出品がありますが、駒尻の 湖 の文字が角度、滑らかさ
すべて変です。見てやって下さい。どうも削れたか何かで書き足したのでは
なですかね?(その他の駒尻文字は普通だと思います)
 

(無題)

 投稿者:名無し  投稿日:2009年12月 3日(木)13時12分56秒
  現在出品中のもの(入札があるもの)で疑わしいものはありますでしょうか?  

RE:銘駒掲示板

 投稿者:yamamotoeisui  投稿日:2009年12月 3日(木)12時38分15秒
  30日にもヤフーで贋作が終了しました。盛り上げは評価以前で駒の裏字は見ていて気持ち悪くなる書体でした。この作者の盛上げは多くは存在しません。落札者はこの作者の名品を所有している方ではないかと思っています。当然贋作は承知で入札されたと思います。尚、この駒の話題はここまでにさせて下さい。  

銘駒掲示板

 投稿者:静山菱湖  投稿日:2009年12月 3日(木)12時16分6秒
   将棋駒ファンにとって銘駒掲示板は梅水さん、yamamoto eisuiさん、キコリさん、そしてこのホームページを拝見する皆様たちを中心に素晴らしい掲示板だと確信しております。
 やはり○○作とか○○本人でないのに嘘を承知で書き換えて人をだますことはよくありませんよね。管理人さま、これからも銘駒掲示板、頼みましたよ。
 

TO:ゲテモノ作者

 投稿者:SENGOKUIWA  投稿日:2009年12月 2日(水)21時01分7秒
  梅水さん、、御貴殿はとても良い方だが、私からは少々、じれったい。
入札された方のPCの解像度が悪いだけの話
あんな、下手糞なゲテモノは贋作と言うにはおこがましい限り。
以上 終了
 

拝啓 贋作者殿

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 2日(水)19時38分56秒
  貴殿の贋作の仕事を告発したわたしの行為に間違いはなかったと考えております。ただし、のちにあくまでもわたしの性格上の特質から来るのであろう後悔の念が生まれました。貴殿に同情したのです。しかし今後、貴殿が十分な悪人であることを認識できたときには勇気を持って全てを賭けてでも戦いましょう。ここのところは分かりにくいでしょうが、これは貴殿を裁くというようなことではありません。わたしは人様を裁けるような人間ではありません。あくまで対等な戦いです。間違いは誰にでもあります。わたしも若い頃には多くの間違いを犯しました。今回の件が出来心であり既に改心されておられることを祈ります。(どうもそうじゃないようなんですよね)これが最終通告であり今回の件の話題の終わりしたいと存じます。  

良識に基づく無制限

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 2日(水)18時52分37秒
  銘駒掲示板は皆さんに楽しんでいただくための掲示板です。ただの趣味のホームページと掲示板です。運用上の要件は何もありません。しかも、ここに来られて堂々と発言される方は、ある程度以上の知性と良識を持たれた方だと存じております。制限は必要ありませんし、あえて申し上げれば慎重である必要もありません。慎重である必要があったのはわたし個人の贋作に関する発言のみです。しかもその理由はそれが間違いであったからではありません。正しい行為であったと信じます。ただわたしに後悔の念があるからです。後悔するならしなさんなということです。これをいうのは余計なお世話と存じますが、キコリさん、yamamotoeisuiさんらが、正義と信念に基づき贋作に警鐘を鳴らされるならば必要以上に慎重である必要はないと考えておりますし正しい行動だと思います。わたしの今回の発言はキコリさんらが過去に発言されたことを否定したりするものではありません。そのことを明確に申し上げておきます。こんなことをゴチャゴチャ書きたくはありませんでしたが、どうもご理解いただけないようなので少し詳しく書きました。なお、デザインの仕事の関係で少しだけお休みをいただきます。直ぐに再開したい考えです。他意はありません。(あー、疲れます)  

(無題)

 投稿者:as  投稿日:2009年12月 2日(水)10時38分32秒
  コメントありがとうございます。
梅水氏以外の方がここで警鐘を鳴らすことに反対しているわけではありません。(ただ、その場合でも出品者にメールで知らせる等、他の手段を先にしてもいいかと)ただ梅水氏は管理人であるため、これらの問題に慎重である方が運営上よろしいかと思いました。
もちろん私の個人的な意見にすぎませんので、お気になさらないでください。
 

RE: 初めまして

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 2日(水)09時45分11秒
  asさん、コメントありがとうございます。

個人的に贋作問題への取り組みを検討していた折でもあり、更に元々あった贋作への嫌悪が重なって贋作への警鐘が必要ではという思いが生じ、それが行動を起こさせたわけですが、わたし一個人としては自分好みの行動とはいえなかったようです。あとになって分かりました。その意味では asさんがおっしゃるように、わたし個人についていえることはもう少し慎重であるべきでした。

しかし片や正義感を強く持たれる警鐘派ともいえる方々がいらっしゃるのも事実であり、わたしはこの方々のお気持ちも否定はしません。しかし、当掲示板の管理者としての方針を決めなければなりません。元々は今回の asさんがおっしゃるような意味において、当掲示板ではオークション実施中の駒などへの論評を禁止していたのでした。それを解除した理由は既に述べておりますが、参加者の方の自主性にお任せするという転換でありました。

今回わたしはご批判を受けるような問題を起こしたとは思っておりません。ただいえることは、わたし好みの行動ではなかったということです。わたしの好みを他の参加者の方に強制するつもりはありません。ですから、今後も今まで同様、参加者の方の自主的なご判断にお任せしたく存じます。

asさん、今後とも銘駒掲示板にご参加くださいね。また、銘駒図鑑への変わらぬ応援をよろしくお願いします。
 

RE:初めまして

 投稿者:yamamotoeisui  投稿日:2009年12月 2日(水)08時11分42秒
  贋作に対して警鐘を出すなと言う事ですか?
悪事は遅かれ早かれ発覚するものです。
事前に犯罪者と被害者を防ぐ事が悪かろう筈がありません。
貴殿のご意見は理解出来ません。
 

初めまして

 投稿者:as  投稿日:2009年12月 2日(水)00時56分29秒
  いつも楽しく拝見しております。個人的に思ったことを少し書きます。
贋作その他の話題がありましたが、それについて無責任に揶揄する人も、これほどのサイトを維持管理する梅水氏やここに集まる方々を、一方では尊敬しているはずです。しかしそれだけに大きな影響力もありますので、慎重になっていただくのがよろしいのではないかと思います。
生意気なことを書きましたが、この素晴らしいサイトを平和に永く続けていただくことが、一ファンとしてのなによりの願いです。
 

コメントありがとうございます

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 1日(火)13時13分9秒
  いろいろ書いていただきありがとうございます。お一人ずつ書かせてください。

yamamotoeisui さんのおっしゃることに間違いがあるとは思いません。ただ、わたし自身の心の内のこととして自分らしい行動ではなかったと感じた次第です。わたしは少し調子に乗っていたのでしょう。例え正義であろうと人(しかも知っている人)を苦しめるのはわたしの趣味ではなかったはずだと気づきました。関連して出品者の方にはお詫びのメールを書きました。

キコリさんのおっしゃることはまさしく正論であり、それに対して疑問を呈するつもりはありません。わたしの今の感情は論理ではなく人情です。皆さんの正義感を逆なですることを書いて申し訳ありませんが、それが本来のわたしでした。また、恐縮にも魯山人などを例えに出して応援してくださりありがとうございます。勇気が湧きました。どうなるか分かりませんが少しずつ歩みを進めてみようかと存じます。

柿崎大祐さん、お世話になります。仰せのことにやはり異論はありません。確かに落札された方はきのどくですね。あとになって出品者の方や贋作者の方もきのどくに感じてしまったのです。このところ、いつもの自分ではなくなってしまっていたのでしょう。それが悔しいところです。その方だってわたしのようにいつものご自分ではなかったのかもしれません。もう少し柔らかい方法があったはずでした。
 

(無題)

 投稿者:柿崎大祐  投稿日:2009年12月 1日(火)10時18分24秒
  贋作は犯罪です。気づいているならそれを告発するのは市民としての義務です。
分かっていて告発しないのも自由ですが、その事によって被害者が生まれる事を見過ごして良いのでしょうか?
 

(無題)

 投稿者:キコリ  投稿日:2009年12月 1日(火)08時20分9秒
  私には、贋作者が解ったからと言って、そのことによりその人に済まないなどと云う気持などは理解が出来ません。「贋作を作るその心」が問題なのです。自分の作品に贋作が作られた作者の気持ちを考えて頂きたいです。それは、犯罪です。法に照らした犯罪より重いものがあるとおもいます。

贋作が出来る技術があるのであれば、自分の名を入れるべきであり、他の作者の名を入れるなどは悪意の塊でしかありません。前にも書きましたが、習作と贋作とはまるで違うものです。180度違う両極の存在です。作品に名を入れることはそれほどに重い行為です。

梅水さんの書かれている「宮田梅水工房」を読んで最初に頭に浮かんだのが魯山人でした。
彼本人が作られたものなどほとんど存在しないでしょう。優れた工人により、彼の頭の中に浮かんだソフトの部分を工人がハードとして作品に現したものがほとんどでしょう。
しかし彼はそれを否定すらしませんでした。また、古い銘品を模写したと言われた時にもこのようなことをおっしゃっています。「あなたたちは、私が模写をしたことが悪いというが、それの何が悪いのか、その良さが解れば今までにもそれを行ってきた人間はいた筈だ。
その良さが解っていなかったから作ろうとはしなかっただけだろう。わたしは、そこに美しさを見たから、それを作った。」
全くもって、正論です。
また、青木木米は若い頃「古器観」という号を持っていました。古いものを見つめ直し、それを自分の中に取り入れる意味からです。そして、多くの模写的作品を作って残しています。

梅水さんのお考えには、それに近い思いがあるように感じております。是非おやりになって下さい。そして、それを後世に残るものにまで高めて云って頂きたいと思っております。
 

贋作

 投稿者:yamamotoeisui  投稿日:2009年12月 1日(火)06時41分43秒
  オークションが終了して、落札者が決済後に贋作と気が付いて警察に届ければ詐欺罪として
立件出来て起訴されます。贋作者も今は冷静でしょう。感謝されても恨まれるし筋合いはありません。粘口漆でしか盛り上げが出来ない作者には影水の盛上げを再現するのは不可能でしょう。
 

贋作者

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 1日(火)04時20分45秒
  眠れないついでに書いてます。最新の贋作騒動では贋作者の方が分かってしまった(と思っている)のです。分からなければよかったのですが..今後も最近の方が作られれば分かる可能性があります。実際には現物を見なければ分からないですかねぇ。どうでしょう。古い作については写真でも現物でも作者まではまったく分からないと思います。つまりその方の作を何作か観ていれば分かる可能性がありますから、キコリさんなどはある程度古い作でも作者がお分かりになるかもしれません。特に今回は、贋作への嫌悪が高じて、作者の方は○○○書を理解していないなどとつけあがったことまで書いてしまいました。お調子者の性でしょうか。多分それらが分かる自分に酔っていたのかもしれません。その方はわたしを許せるはずがありません。わたしは警察ではありませんし、その方を傷つける権利はありません。わたしは人様を裁けるような人間でもありません。今では人間対人間としてその方に謝罪したい気持ちがあります。今後は作者まで特定できたとしてもそのことを公には口にしません。最近ではたまにメールで真贋につきお問い合わせがありますがお応えしないようにしています。贋作者は誰ですかというお問い合わせも頂きましたがお応えしておりません。この機会にもう一度自分のあり方を考えてみたいと思います。  

2ch

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 1日(火)03時08分12秒
  疲れているのに寝付けず、今、2ch を見てきました。わたしも最近では恨みを買われる一端の人間になったようです。一つは贋作騒ぎで出品者と贋作者の方に恨みを買っているはずです。そりゃそうですね。気持ちは分かります。もう一つは、キコリさんにも指摘された、わたしの絶対美感に係わるうぬぼれた話題でしょう。これも納得です。元々、銘駒図鑑はけっこう刺激的なことを書いてきました。自分のうぬぼれ的な話題は笑われれば済むことですが、贋作の話は人様を傷つけるという点で再考が必要かもしれません。安易な正義感だったかもしれませんね。どう思われますか?  

RE: 絶対美咸教室

 投稿者:梅水  投稿日:2009年12月 1日(火)01時46分58秒
  キコリさんにようやく振り向いて頂けたと感じております。わたしは今まで随分挑発的なことを書いてきたと自覚しております。キコリさんがようやく本気でわたしをご覧になってくださったと今感じます。正直うれしい気持ちです。

まず、キコリさんがおっしゃる「物作りは序盤が大切」はその通りではないかと感じます。キコリさんの物作りに対する姿勢や知識・経験、情熱などはわたしが敵うものではありません。いつも敬服しております。わたしにとって先生であり、あと10年は学ばせて頂きたいと希望しています。わたしも序盤の力がほしいのです。

絶対美感という言葉はわたしが作ったと思っていましたが、先日検索してみましたらテレビ番組「世界不思議発見!」で千利休に関して使われた言葉であったようです。どのように使われたかは分かりませんが、それを見て駒世界においての千利休のような存在を目指せないものかとも妄想したのです。そして最後には千利休よろしく切腹なのでしょうか。

茶陶において千利休は長次郎を指導して楽焼を作ったとされていますが、自分自身で作ったことはあるのでしょうか。もしなければ序盤の力はそれほどなかったのかもしれません。なお、千利休は禅を学びましたが、わたしはその親戚ともいえるタオイズムを学びました。禅に近いタオイズムは既にわたしのライフワークになっています。簡単に乱暴に申し上げれば「タオイズム=禅−仏教」ということです。

絶対音感とは生まれつき備わっていると思われていますが、その素養は必要なのでしょうが、訓練で生まれるものだそうです。ですから絶対音感の方は結構いらっしゃるはずです。ちなみにわたしの子供には絶対音感があるといわれています。一方わたしは音痴だといわれています(笑)

わたしが絶対美感という意識に目覚めたのは人生を通してみるとごく最近で5年ほど前のことです。それは美術館に通い出した頃でもあります。わたしには予備知識はまったくといっていいほどなくただ時間的余裕に飽かせて結構な数の美術館をまわりました。その際、絵のよしあしや魅力などがとてもよく分かった(気がした)のです。美術知識のある友達と一緒に行ったときなどは、ときに知識のないわたしが解説するのです。するとよく分かるもんだということになるのです。

その頃からひょっとしたら自分にはその分野の何か才能があるのかもしれないと思い始めたのです。図々しいと思われますか。この歳まで一度としてそのようなことを考えたことはありませんでしたし、子供のころは数学にしか興味がありませんでした。

その後のここ2〜3年は絵画作品の勉強もするようになりました。ピカソは初期の作品が好きです。キュビスム(Cubism)なども勉強しましたが今のところそれほど好きにはなれません。2年ほど前はアイルランド出身の画家 フランシス・ベイコン(Francis Bacon)に夢中でしたが、ゴタゴタに追われうやむやになりました。

わたしには序盤だけでなく中盤の力ももう一度付け直す必要があると思っています。わたしがいうところの中盤力とは、物作りにおいてその分野の技術を用いた表現力のことと捉えています。つまり言葉を変えるならば、中盤とは「技と美の中間地点の周辺」ということです。

わたしに係わる絶対美感周辺のことについて書かせて頂きました。わたしは終盤にみがきをかけ、中盤を数多く実戦し、序盤は一から学びたい気持ちです。
 

絶対美咸教室

 投稿者:キコリ  投稿日:2009年11月30日(月)23時04分59秒
  どの様なお考えでその教室を開設するのかが解らない状態で話をする事をお許し下さい。
梅水さんは、将棋に例えて終盤力と仰っていますが、物作りにおいての一番大事なことは序盤ではないかと思っております。というより、序盤で決まってしまうものが物作りの基本と信じています。序盤さえ乗り切れば、中盤、終盤はわたしにはありません。
将棋での時間であれば、5時間の持ち時間で多分4時間30分を序盤に使うのではないかと思っております。後は、残った時間に自分の持っている全てを30分と云う限られた時間で仕方なく使うのが私の今まででした。ですから、満足がいく終盤は今までありません。

物を作る人間の嵯峨に近いものです。そこまでの構想、準備が全てであり、後は残された時間で惰性で作ることの繰り返しでした。それしか出来なかった事がふがいない自分でもありますが、そこまで追いつめてやっとできることしかありませんでした。

絶対美感が何を現すのかが理解できていない段階でこのような生意気な意見はおこがましいとは思うのですが、物作りとしては、今の私にはそれが限界です。実際いに作れないのです。時間の制限が無ければ作れない、しかし作らなければならない環境の基で、作り続けてまいりました。絶対美感とは、本質的な才能なのでしょうか?例えば絶対音感のようなものなのでしょうか?

私の、娘は作曲を志して勉強をしております。小さい頃から、絶対音感を持っているとも言われてきました。しかし、私にしてみれば単に私の娘だけであり、その友達たち(音楽を目指している)と何ら違いを見つけることは出来ません。音大でのその友達たちの中には、驚くべき才能を感じる人もいます。でも、彼らには絶対音感が備わっているわけではありません。一つ違いを見つけるとするならば、非常に音楽が好きで好きで仕方が無い気持ちです。

残念ながら、私には』その絶対美感が無いように思えます。数を見、無駄であったものを捨て去ってきたことは自覚できます。しかしそれが私のように才能の無かった人間の限界でした。ただ好きであったことは、誰にも負けないつもりです。ゴッホは絶対美感を持っていたのだろうか?モネにはあったのであろうか?何か彼らに嫉妬を感じてしまいます。
 

無名でお願いさんへ

 投稿者:キコリ  投稿日:2009年11月30日(月)21時07分45秒
  ご意見拝見しました。松田権六さんですか、懐かしく思い出される私の先生です。
硬い漆に柔らかい漆を混ぜた物の話と、中国産の漆の話ですね。
出来る範囲でお答えしたいと思います。まず、中国漆の話をさせて頂きます。日本の漆と中国の漆との違いはウルシオールの違いもありますが、ゴム質の違いがより大きな違いを出していると思います。中国の漆はゴム質が高く高く盛上げることが出来ますが、その表現が、違うことはお分かりでしょうか?ゴム質の高い漆は、渇きの関係ではより簡単に取り扱えますが、表現には限度がありすぎます。日本産の辺掻き漆を御存知でしょうか。辺とは一番いい状態の時期(6月から7月初め)に掻いた生漆の事を云います。会津の柳井津にはいまだに自然の漆を掻く職人さんがおりその漆を私たちは「辺掻き漆」と呼びます。この漆のウルシオールの含有率は非常に高く、中国産のそれに比べ倍以上の含有率を持っております。硬く伸びることが無くなったその漆に辺掻き漆を混ぜて練りますと以前の堅い漆が硬くなる以前より伸びがあり、表現も豊かになります。柔らかい漆と書いたのは、ウルシオールの含有率が多い生漆を指しています。
その漆は、まるで漆に油を混ぜたようにのびやかになります。(これも松田先生から習ったことです)漆は化学ではありませんよ。高分子によるお話はよく解りましたが。それは乾燥の段階の話ではないでしょうか?漆は自然の恵みである(これも先生の受け売りですが)事をまだ理解されていないのではないでしょうか。(失礼ながら)
漆の力はそのゆるぎない粘りと表面における表面張力により溜まりが出来ることは書き込みから理解が出来ると思っております。

水無瀬の縦線が一筆で書けると思っていらっしゃるのでしょうか。私は王将の縦線を描く場合には少なくとも6回の線を引きその間に漆を延ばさなければ出来ません。御説のように、細い筆で先端に十分廻るほど柔らかく高く盛上げが出来る漆は確かに存在するでしょう。でも、その漆が仕事として常に同じ状態を保つことは考えられないことです。その為に、漆を混ぜます。自分の描ける範囲で、しかも乾燥が納得できる範囲での話です。
漆は、チュウブからだして使うものですか。(笑)少なくともお話からあなたは漆を使った経験がある方としてお話を致しますが、漆は単に漆です。漆に何を添加してどれだけ煉るかによって漆は自分の知りえる範囲の物となります。知りえない漆は使うことなど出来ませんよ。煉ることにより、ヘラの感触でそれを使いこなせるかどうかが決まるのではないですか。あなたは、中国の漆が良いと主張されますが私はその話には全く賛成など出来ません。
本当に良い漆とはどのようなものかが全く分かっていないとしか言いようがありません。
柳井津の自然木から採取された漆に対して大変に失礼な話です。(失礼、言葉が強くなりますが、本当にそう思います)本当に漆を勉強された方ならばそのような言葉が出てくるとは思えません。あなたにとって、漆の表現とはなんですか?ただの塗料なのでしょうか?
大変に失礼ではあるとは思いますが、漆の本質を解ってはいませんね。漆は本で勉強するものではありませんよ。体で覚えるものです。一つの漆を使って覚えるのもよいでしょうし、数多くの漆を混ぜることにより覚える事もまた勉強の一つです。
御意見を拝見する限り、漆を理解なさっているとは思えません。中国産の漆が良いと言える事自体に、漆への理解の無さを感じます。今私は、非常に残念に思いがらこの文章を書いております。一度、辺掻き漆を自分で掻くことからすることをお薦めします。私には、中国産の漆が混ざったものを肯定することなどは出来ませんから。以上です。
 

無名でお願いです

 投稿者:無名でお願い  投稿日:2009年11月30日(月)16時05分16秒
  キコリさん、梅水さん度々すいません。
2度盛りであると断言したわけでもありませんし、粘口漆を否定したわけでもありません。
漆は高分子材料であり、長い分子にたくさんの側手がありそれが絡み合ってあの粘度を作り出していると私は考えております。漆を置いて引っ張った時に元に戻ろうとする作用もそこから来ていると思います。その意味でその絡み合いを断ち切らなければならないと考えています。
塗師の人たちが篦で漆を引き延ばして塗るのもそのためだと考えます。分子が絡み合った状態では漆の伸びが悪いし、均一に塗れないのではないかと思います。
良く引き延ばし、良くかき回した漆を用いた場合は、例えばあの水無瀬の太い縦棒が、横棒の漆を引っ張って、横棒の漆が低くなることはありません。
また松田権六著の「うるしの話」ではウルシオールのみでは全く乾きがなく、夾雑物の助けが必要である。と書いてあります。その意味でも引き延ばし、良くかき回して使用するのが最も良い方法であると思います。チューブがらちょこまか出して、少しずつ使用するなどはナンセンス極まりないと言えましょう。
堅い漆と柔らかい漆の混合であるとの意見には賛同できません。
細い筆の先端に十分漆が回るほど柔らかく、かつ高く盛り上げできる漆は存在すると考えます。
それから中国産の漆を悪く言われているようにとれますが、変な混ぜものをした国産漆よりも、中国産の方がよっぽど良いと思います。そもそも原価の安い漆単品に、高い添加物を加える必要はないですから。
 

キコリ教室

 投稿者:梅水  投稿日:2009年11月30日(月)13時39分15秒
  キコリさん、長文によるキコリ教室をありがとうございます。わたしは盛上をしたことがありませんのでこの「置いていく」というのは頭の中での理解となっています。この置いていくというイメージは盛り上げ駒10作以上の経験者でもピンと来なかったようでしたね。実は昨夜、無名でお願いさんが書かれていることを見て、おやっと思いましたが、疲れもあり寝てしまいました(すいません)。この「おやっ」の意味はご想像ください。今のところ制作経験のないわたしが制作経験がおありの方に何か申せば内容にかかわらず反発があるものです。その心情もよく分かりますので、疲れに便乗し、キコリさんの解説を待つことにしました。

他の掲示板を覗いていると思うのですが、駒が分からない初心者の方ほど駒師の方あるいは制作経験者の方の意見を絶対視する傾向があるようです。駒を道具に限定してみるならばそれで正解なのですが..極端にいえば駒は誰であろうと作ることはできます..いうまでもないことですがその内容が重要です。ある彫りの達人がわたしにおっしゃいました。物故者の名品の良さや違いが分からないのだと。わたしがその方の人柄に感動したことはいうまでもありません。

また、実は先日、ある若い駒師の方に「わたしにあなたの腕があったらあなたよりよい駒を作りますよ」というとんでもないことをいいました。その方は笑っていましたが失礼な話です。そしてそれはわたしの傲慢な考えです。改めて正直に申し上げますが、わたしはそのような傲慢な考えを持っています。その黒い意識は爆発させるに限るということで「宮田梅水工房」発足を思いつきました。わたしが作るかどうかは分かりません。腕のいい駒師の力を借りるかもしれません。最初から名品となるような駒を目指すわけでもありません。動き始めるとしても資金の関係もあり2010年の夏以降です。現在この工房案を含め3つの大きなプロジェクト構想があり、そのうち1つを実行に移せば残りは2011年以降に先送りになる可能性が高いと思っています。

小さなプロジェクト案は4つほどあります。その1つを先だって実行に移しました。「宮田梅水『将棋駒と絶対美感の世界』」です。ブログですね。この絶対美感というのは指し将棋でいえば終盤力。「奥が強い」という世界です。奥が強くても序盤でもっていかれることもあります(笑)しかしどのような場合でも最後は終盤力で勝負!駒評論の世界でも同様であると考えています。今後は序盤の勉強、中盤の実戦経験などをみがいていきたいと思います。
 

無名でお願いさん

 投稿者:キコリ  投稿日:2009年11月29日(日)23時04分2秒
  漆は、書のように書くものではないのですよ。
ですから「盛上げ駒」なのです。書いた上から盛上げるのですよ。
2度盛りなどではないのです。2度盛りをした漆は、最初の漆と2度目の漆の境が出来るものなのです。漆は、幾度も幾度も筆により伸ばしながら書き、そこに漆を乾く前にまた盛上げて前の漆となじませながら「置いていく」ものです。それが、前の漆が乾いていないがゆえになじんでゆくのです。しかし置いたところはそこにしっかりと残り高くなる訳です。
ですから、「盛上げ」なのですよ。意外とこのことは理解がされていません。

再度申し上げます。乾いてしまった上に、2度盛りをすると、必ずそこには段差が出ます。しかも、それは境が出来てはっきりとわかってしまうものなのです。漆は書いた直後にそこにまた漆を置き、盛上げることによりそこに溜まります。しかしなじむことによりその先にはなじんだ同じ高さが出来るのです。交差点は違いますよ。縦になじんだ漆の流れは縦にしかなじみません。横も同じです。ですから、交差点では引っ張り合ってしまうんです。その為に段ちが出来ます。

それを引っ張り合わせないことが、技術なんです。掬水さんの漆の平均的な高さは、実は技術によるもの。それに至るまでには同じ漆を生き度も使い、漆を知ることから始まります。
漆は、それぞれ違うものです。引っ張り合う力も、乾燥する時間も、全てが違い、それを理解することは数をこなすしかありません。

豊島の時代やそれ以前の漆はウルシオールの含有量が多くその扱いは今と比べるともっとなじみが強いものでした。また、硬い漆と新しい漆を混ぜることによりより優れたものを作ることも可能でした。それを作ることも一つの技術でした。静山は、同じ漆など使っていませんよ。漆を十分に理解出来ていたからこそ、自分にとっての最適な状態にすることが出来たのです。

現在の漆は、基がそれほどに良くないのです。理由は自然の木が十分に育つだけの十分な時間があったからです。漆は、一度掻いてしまうと、切り倒すことはご存知ですか?それだけの養分が取り出されてしまうからです。何か難しい事を書いてしまいそうで、理解をして頂けないかもしれません。簡単に言うと、漆は自然の恵みなのです。そして、それは取れる産地、掻き方、精製、黒めの入れ方により、違った漆となってしまいます。その違いを理解するまでには大変な努力も必要になります。昔は、同じように漆が作れたとしか説明のしようがありませんか。^^;それだけ、自然の漆の木はなくなってしまっています。日本産の漆でも、現在の物は植林によるものがほとんどです。ですから、その育ち方はより違いが出て、結果として違う特徴が出てしまいます。そして、それらが少ない為に中国産を入れたり、化学的なものを入れて均一にしようとするものがほとんどなのです。

話が大分それてしまったように感じられるかもしれません。しかし、これが現実の漆芸の世界なのです。技術だけならば、より向上するものですが、今はより低くなってきているのです。それだけ、自然の恵みは大きいのです。化学では追いつけないのが今の漆の世界です。
これは、どの漆芸の世界でも同じです。漆はより悪い状態になってきておりますし、道具(筆)もそうなってきてしまってきております。良くなったのは、色を変化できるようになったくらいでしょうか。漆はそれだけ、日本の文化としては劣ってきております。勿論、それに対して一生懸命に抵抗をする人たちがいてもなのですよ。

漆芸の最高期は、安土桃山時代で、そこから少しずつ落ちてきているのが現実です。それは、漆という自然の物を人間の力では開発できていないからです。残念ですが、本当の話です。でも抵抗もしているのも事実なのです。その一つとして粘口漆のようなものがあります。しかし、それは、昔の自然の物とは違う表現なのです。

昔、最高期には、日本カワウソの毛が使われておりました。今の最高の物は谷地鼠の毛と言われていますが、谷地鼠の毛ももうありません。輪島でも、残っている筆は30本にみたなくなってしまっています。コリンスキーの毛や、イタチの毛が代用とされていますが、比較にならないほど、違いがあります。私は、自分で使ったことは有りませんが、日本カワウソの毛で本来の漆を使うと1mmの幅に7本の線が引けたそうです。実際にそのようにして作られた作品が残っているから解るだけです。谷地鼠では、1mmの幅に3本の線が精一杯です。コリンスキーの一番良いもので2本でしょうか。

脱線ばかりですいません。漆は書くものではありません。盛るものであることを理解していただきたく、このような長い文章になってしまいました。盛っている表面張力の力による高さと言えば良かった事ですね。漆の話になるとくどくなってしまう悪い癖です。お許しください。
 

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