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私事にかかわる事柄なので書くことを躊躇していたのですが、しばらく時が経ったので書くことにします。
先月1月の12日の夕刻であった。珍しく横浜の義兄から電話があった。
「良くない知らせなんだけどK子(僕の姉の名)が危篤なんだ」
との内容。一瞬我が耳を疑うような内容である。
「だってこないだの元旦に会った時は全く元気だったじゃないですか?」
と聞くと、
「実は昨年患った大腸がんの定期検診で一昨日病院に出かけたんだけど、その検査でガン細胞が肺や肝臓その他の臓器に拡大転移していることが分かった。それで私も呼ばれふたりで医者から告知されたんだけど、それを聞いたK子はあまりのショックのせいか昨日突然脳梗塞を併発してしまい、その後意識不明なんだよ」
「だってだって、2ヶ月前にも定期検診受けて、その予期は良好な経過だって言われたんでしょ?」
「そうなんだけど、ひょっとしてその時医者が転移の経過を見過ごしたのかも知れん。でも、今更それを責めてもしょうがない気がする・・・」
「とにかく危篤なのであれば行きます!」
ということで札幌に住む次女と横浜の病院に向かった。病床にいる長女は我々の問いかけに対しては眼は開けるものの、認識はしていないようで瞳は空を泳ぐだけ。
特に肝臓ガンの進行が深刻で肝機能はほとんどないようだ。そのせいか顔をはじめ手足のむくみと黄だんが出ている。何度話しかけても手ごたえある反応がかえってこないのが悲しい。
つい2週間前には笑顔で語った姉なのに・・・
2日ほど滞在して姉の様態は良くは無いものの小康状態にあるのでとりあえず一旦次女とともに札幌へ戻った。
そして20日深夜、ふたたび義兄からの電話があり先ほど息を引き取った、との連絡。
翌日の電話で葬儀会場が決まらないので日程が決まり次第報告するからとのこと。
結局、葬儀場が混んでおり25、26日にそれぞれ通夜、告別式が決められた。
再び次女と横浜へ。火葬にふされる姉の死に顔を見て号涙する次女をみて僕も堪えられずに涙した。
思い起こせばさんざん世話になった年の離れた姉であった。時には母親がわりにめんどうを見てくれた姉。
横浜では近くに住む我が家の子供たちもなにかとお世話になった。
父母はすでになく、長男が8年前に他界。そして長女の死。
残されたのは僕の2つ上の次女と僕のふたり。
肉親を失う痛みが今回はさらに大きなものがあった。そして生命の儚さを思った。
それは間違いなく「順番がまわってくるのだな」との想いがあるせいかも知れない。
この世に神様がいれば、お願いしたい。
あと10年ほど僕に元気な時間を与えてください、と。。。
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